プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(横浜で離婚に特化した法律事務所として2015年に設立。翌年東京にも事務所開設。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の離婚調停や裁判に出席しています。(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)
今回は、離婚をする際に、年金分割をしないとする合意が認められるのかについて、解説します。
1 年金分割の概要
年金分割とは、離婚する際に、夫と妻の婚姻期間中の保険料納付額に対応する厚生年金を分割する制度です。要するに、婚姻期間の厚生年金の保険料を納付した実績を分割するもので、将来の年金額に一定の影響が生じるものです。
年金分割はさらに、合意分割と3号分割に分かれます。
合意分割は、夫婦間の合意や調停、審判で分割割合を決めるものです。
一方、3号分割は、法律上当然に分割割合が半々と決まっているものです。
詳しい説明は、以下の記事を参考にしてください。
さて、あなたは今離婚に向けて別居中の奥様と協議をしている段階にあるとします。 婚姻費用を払い続けながら別居を続け、ようやく離婚の条件としてまとまったお金と財産分与。そして今後の養育費の金額が決まった。離婚の話もようやく[…]
2 年金分割をしないとする取り決めは有効?
さて、年金分割をしないとする取り決めは有効なのでしょうか?
なぜ問題になるかというと、年金分割制度は国が元配偶者の老後の生活を慮って定めた制度のため、そうした法制度の趣旨と相反してしまうかとも考えられるからです。
(1)合意分割の場合
現在の裁判実務では、少なくとも合意分割については、分割をしないとする取り決めも有効とされています。具体的な裁判例を挙げておきましょう。
(静岡家裁浜松支部平成20年6月16日決定(家月61巻3号64頁))
離婚当事者は,協議により按分割合について合意することができるのであるから,協議により分割をしないと合意することができるところ,本件においては,申立人と相手方との間には,離婚協議書による離婚時年金分割制度を利用しない旨の合意がある。このような合意は,それが公序良俗に反するなどの特別の事情がない限り,有効であると解される。
したがって、合意分割については、年金分割をしない合意も、合意としては有効です。もし、元配偶者が、その合意に違反して合意分割の申立てを裁判所にて行なった場合、裁判所は申立てを却下することになります。
(2)3号分割の場合
一方で、上記の裁判例は、あくまでも合意分割に関する取り決めであり、3号分割については述べていません。3号分割について、分割をしない(分割手続を行わない)旨の合意の有効性ついては、法律家でも解釈が分かれるでしょう。多くの専門家は無効としています。
ただ、年金事務所にて分割手続きを行わないとする合意自体は、公序良俗に違反するとも考え難いところではあります。その合意は、年金分割それ自体の効果を否定するのではなく、その手続きの実施により経済的にマイナスが生じることについて損害賠償請求ができるようになるに過ぎません。したがって、有効と考える余地もあります。これに関しては新しい裁判例の登場が待たれるところです。
3 精算条項があるだけの場合はどうなる?
ところで、離婚協議を行なった場合、その最後の条項にて、次のような取り決めを行うことが一般的です。
(清算条項)
甲乙は、本件離婚に関し、本離婚協議書に定めるほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。
離婚協議書にこのような精算条項がある場合、年金分割を後から請求できるのでしょうか。
結論としては、可能です。
というのは、年金分割の申し出というのは、厚生労働大臣等に対する公法上の権利と解釈されています。そのため、当事者間の私的な権利の取り決めを主題とする離婚協議書では、年金分割をしない旨の合意までは含まれていないと解釈されるのです。
精算条項の「債権債務」には、厚生労働大臣等に対する公法上の権利は含まないということですね。
今回の記事が皆様の離婚問題の参考になりましたら幸いです。
今回の弁護士からのアドバイス
年金分割をしないという合意は・・・
☑️合意分割(2号分割)の場合は有効です!(裁判例あり)
☑️3号分割の場合は、一般的には無効と考えられています!(ただし裁判例はまだなし)
☑️なお、精算条項のみだと、年金分割をしないという合意は含まれていないとみなされます!
弁護士の本音
年金分割は、平成の後半にできた比較的新しい制度です。財産分与の手続きではフォローできない部分を、国が制度として作ったわけですが、結果的には財産分与よりも強力な社会保障的な色彩の強い制度となりました。
そのため、分割をしない旨の合意が有効なのかどうか、議論がなされるようになったわけですね。
年金分割は離婚の当事者において比較的関心が薄い部分です。そのため、最後に追加的に取り決めをすることが多いですね。しかし、分割による効果は大きいため、離婚協議の最初の方で意識しておいた方が、納得のできる離婚につながると思います。