1. ある日届いた内容証明郵便から「事件」は始まった
Aさん(32歳女性)は恋焦がれて、同僚であるある既婚男性とついに一夜を共にしてしまいました。不倫を経験された方は例外なく言います。こんなにも恋とは、そしてセックスとは素晴らしいものだったのかと。
しかしながら、相手の方は既婚者。こちらに相手を離婚させる権利はありません。
そうしたことで悶々としていたある日、一通の手紙が内容証明郵便で届きます。配達証明付で、郵便局員が直接Aさんに手渡しました。
中を開くと、書いてあるのは「通知書」との表題。差出人は、あなたの交際していた方の配偶者。つまり、不倫相手の妻です。
不倫によって精神的な苦痛を被った慰謝料として、500万円を請求されました。
自分は何か悪いことをしたのか?結婚も恋愛の延長のはず。なぜ自分の行為が「悪い」行為なのか。
確かに、アメリカ(厳密にはわずかな州を除く。)を始めとする諸外国では、恋愛は自由競争であるとの観念が強く、不倫相手に対する慰謝料請求は認められないとするところも多くあります。
しかし、日本ではまだまだ「家」という制度を守ろうとする観念の方が根強く、日本の裁判所は慰謝料請求を一定程度で認めています。
さて、ここから、この「事件」は実際にはどのような経緯で解決に至ったのでしょうか。
その後の「続き」の一例を、私たちの経験を元に構成してお話致します。
2. 弁護士を立てて応戦開始
500万円なんて金額を払えるはずがない。でも、どの程度が落とし所なのか、あるいは相手の方が減額に応じてくれるのか分からない。
そこでAさんは弁護士(我々のことです。)を立てて応戦することとなりました。
しかし、Aさんは決して裕福であるわけではありません。貯金もほとんどなく、手取りで月々25万円程度の収入は、家賃とクレジットの借入に対する返済を除くと微々たるものであり、慰謝料の支払いどころか、弁護士費用すら賄うのに乏しいものでした。
弁護士費用は分割払いでなんとか支払いが確保できる見込みとなり、交渉が開始となりました。
弁護士は不倫相手の奥様に直接電話をしました。
奥様は最初から怒り心頭のご様子です。
「あの女は、主人をたぶらかして、積極的に不倫に走るように試みたんです。
そのせいで私たち夫婦の関係はめちゃくちゃです。
それまで幸せな家庭であったのに、あの女のせいで一気にそれが壊されたんですよ?許せると思いますか?」
弁護士は述べます。
「ご夫婦の関係が壊れてしまったことに対する悲しみは、お察し致します。
もっとも、いくつかの点で私たちとは考えが違うようです。
そもそも、Aさんが積極的にご主人をたぶらかしたというのは違います。
Aさんはご主人とは同僚ですが、部署も違い、さらにご主人は部署の部長をされておられます。
ご主人がAさんの部署に頻繁にやってくるようになって、昼食を一緒にとるなどして始まった関係です。
逆にAさんが他部署の部長にアタックするのが現実的でないことはお分かりでしょう。」
弁護士は続けます。
「それに、Aさんはあなたのご主人から、すでに結婚生活は崩壊状態にあって、事実上の家庭内別居にあると聞かされていました。寝室も別々になっていて、奥様もほとんどご主人に関心を示さず、料理をするのもご主人の下着を洗濯するのもいやいやだったと聞いています。Aさんは、あなた達がすでに家庭内別居状態にある夫婦であるからと思って、ご主人のアタックに応じることにしたのです。」
奥様は述べられます。
「私たち夫婦は一生懸命に家族を支え合っていましたよ。私は料理も頑張っていました。洗濯も、当然好きではないですが我慢していました。いや、そんなこと関係ないはずです。関係が冷えているから浮気をしてもいいことにはなりませんよね?」
弁護士は答えます。
「浮気をしてもいいことにはなりません。少なくとも、あなたのご主人は。あなたの配偶者としての地位にある方としては。でも、Aさんはあなたと結婚しているわけではない。Aさんにとっては、あなたとご主人の結婚について、直接の関係はないはずですよね?Aさんからすれば、ご主人のアタックがあり、時間を共に過ごし、そしてご主人を好きになり、恋に落ちた。そして奥様から慰謝料の請求をされたのです。それはAさんとしてもかわいそうだとは言えませんか?」
奥様は言います。
「慰謝料請求は認められるはずです。テレビでも良く見ますよ。
少なくとも、300万円はいただきます。」
弁護士は最後に述べました。
「またご連絡します。本日はこれにて失礼致します。」
最初の交渉はこのように平行線をたどりました。
3. 慰謝料金額の交渉難航
次の交渉からは、裁判所の判断相場、支払うための蓄えがないことを主な理由として具体的な金額交渉に入ります。
一方で、相手(不倫相手の妻)の感情を逆なでしすぎないように注意することも大事になります。
弁護士は言います。
「Aさんに、お金はありません。お給料のほとんどが賃料と借金の返済に費やされている状態です。
そもそも、裁判相場は100万円いくかどうかだということはお調べになっていてお分かりかと思います。
私たちは、裁判になった場合は、さらに、既に夫婦生活が破綻に瀕していたことなどを主張せざるを得なくなります。裁判になってそうした対応をするということは、さらに弁護士費用がかかるということです。
弁護士費用をAさんがさらに負担するとなれば、奥様へ支払う慰謝料額を確保できなくなってしまうでしょう。
私たちとしては、50万円程度で手を打ってほしいと思います。」
奥様は述べられました。
「50万円!信じられません。私が当初請求していたのは500万円ですよ!その後300万円とは言いましたが、もともとの10分の1の金額じゃないですか!到底応じられません!」
弁護士は述べます。
「そもそも最初の500万円は、言わせていただければ法外な要求です。その後打診いただいた300万円も、裁判相場からすればまず考えられません。
相場が100万円というのも、夫婦関係が円満だった場合を想定しています。今回は、Aさんは、すでにご主人が家庭内別居状態にあると述べた言葉を信じて関係を持つに至ったんです。ここで私たちが提示する50万円は、そういう意味で妥当なものと考えます。そして、Aさんの経済的な問題からして、50万円の提示が限界ということでもあります。
これで検討をして下さい。」
奥様は言いました。
「これは、私が弁護士を付けていないからではないですか?言いくるめようとしてないですか?」
弁護士は答えました。
「お金を払って弁護士をつけてくださっても結構です。が、その弁護士にも同じことしか申し上げません。いえ、それしか申し上げられないんです。50万円が精一杯です。」
4. そして合意へ・・・
その後、数度の話し合いが持たれましたが、ようやく、金額として60万円(分割払い)で応じてもらうことができました。
弁護士は言いました。
「60万円が最大限です。これ以上の増額は出来かねます。裁判になった場合でも、結局この金額以上の提案はできないでしょう。むしろ、その場合はこちらも更に弁護士費用がかかっていますから、任意でお支払いできるものはなくなるかもしれません。」
奥様は答えました。
「分かりました。いいでしょう。でも、決して許したわけではありませんので、そう伝えてください。」
その後、弁護士から示談書を郵便で送付しました。署名と押印の後、返送してもらう予定でした。
しかし、なかなかそれが返送されてきません。
弁護士は再度奥様に電話をします。
「示談書は、どうなっていますか?」
奥様は述べられました。
「これで本当にハンコを押していいものなのか・・・。悩んでます。」
これに対して弁護士は次のように述べました。
「これでだめならもはや交渉の余地はなくなります。
一度合意はしたはずです。
交渉のやり直しを認めれば、次に合意をしたとしても、それも反故にされる可能性が残るわけでしょ?
そのようなことに応じることはできかねます。私たちは解決にならない交渉を続けることはできません。」
その後、相手方から示談書の返送がありました。
Aさんの「事件」はこれで終了しました。
その後Aさんはどうなったのでしょうか。
男性との交際関係は、奥様から請求された段階で終わりが訪れました。
実際、既婚者の方も、配偶者がいることからくる安定が、魅力を作り上げている部分もあったでしょう。
Aさんが早く立ち直り(もちろん、奥様も)、次のステップへと進み、そして素晴らしい人生を歩んでくれて下さっていればと思います。
いかがでしたでしょうか。不倫慰謝料請求をされた場合の解決までの流れの一例を述べさせていただきました。普通はもっと長くて複雑な内容ですが、おおよその流れをご理解いただけましたら幸いです。
不倫慰謝料の解決は、双方が柔軟でなければ解決には至りません。また、相手の方を常にリスペクトする姿勢も必要です。ただの非難合戦は、「意思の合致」であるはずの合意を不可能にしてしまいます。
なお、 上記の例は、複数の例を混在させ、元の例とは全く異なるように配慮したフィクションです。