プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(横浜で離婚に特化した法律事務所として2015年に設立。翌年東京にも事務所開設。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の離婚調停や裁判に出席しています。
(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)
今回は、妻が夫以外の男性との間で子供を設けた場合でも、夫はその子供の養育費などを負担しなければならないのかについて、解説します。
1 妻が夫以外の男性との間で設けた子供も夫の戸籍に入る!
妻が夫以外の男性との間で子供を設けた場合でも、出生届を提出することで、子供は夫の戸籍に入ることになります。現在の民法では、婚姻中にできた子供は、夫の子供であることを前提とする規定があるからです。
(嫡出の推定)
民法第七百七十二条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
役所も、出生届については夫の子供としての届出のものしか受理をしてくれません。他の男性との間にできた子供かどうか、役所の方で調査することができないためです。
その結果、子供は出生届を提出することで、母親の夫の子供としての法律上の身分を獲得します。
そして、夫は子供の親としての義務を負うことから、その子供を養育する義務が生じることになります。妻と別居をした際、妻に対して子供の生活費を含めた婚姻費用を払わなければなりませんし、離婚した場合は養育費を支払わなければならなくなるのが原則です。
2 「嫡出否認の訴え」と「親子関係不存在確認の訴え」
妻が夫以外の男性との間で設けた子供を養育するとなった場合、夫には大変な義務が生じることになります。仮に月額の養育費に換算した場合に5万円程度の義務だとしても、年間60万円、20年間で1200万円の義務が生じることになりますし、収入次第ではその数倍の負担になります。
夫がこの義務を免れるために、以下の手続きが備えられています。
(1)嫡出否認の訴え
嫡出否認の訴えは、子供が出生してから1年以内に夫が訴えることのできる裁判です(民法の改正によって、令和6年4月1日以降に生まれた子については、子供自身や妻からも申し立てが可能になります。また、期限も、3年以内に変更となります。さらに、令和6年4月1日より前に生まれた方やその母も、令和6年4月1日から1年間に限り、嫡出否認の訴えを提起することが可能です。)。
(嫡出の否認)
民法第七百七十四条 第七百七十二条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。
(嫡出否認の訴えの出訴期間)
民法第七百七十七条 嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならない。
これによって、子供が夫の子ではないことが認められれば、夫は子供を扶養する義務から免れることができます。
(2)親子関係不存在確認の訴え
(1)の嫡出否認の訴えは、夫婦間の子が夫の子供であると推定されるために設けられている制度です。逆に、夫の子供であると本質的に推定できない場合には、嫡出否認の訴えではなく、親子関係不存在確認の訴えにより親子関係の不存在を求めることができます。嫡出否認の訴えとは異なり、訴えを提起できる人や期限に制限がないというメリットがあります。
夫の子供であると推定できない場合(つまり、親子関係不存在確認の訴えを提起できる場合)とは、次の二つが挙げられます。
・推定されない場合
これは、懐胎、つまり妊娠した時期が、婚姻前の場合です。民法772条は、あくまでも婚姻中に懐胎した場合の規定のため、懐胎が婚姻前であれば、親子関係不存在確認の訴えにより、親子関係を争うことが可能になります。なお、婚姻成立の日から200日を経過した後に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定されます(民法772条2項)。
・推定の及ばない場合
これは、夫婦がすでに長期別居に及んでいたり、夫が刑務所に入っていたり、夫が長期海外出張に行っている場合など、物理的に夫の子を懐胎することが不可能な場合です。この場合も、夫の子供であることが推定されないとして、親子関係不存在確認の訴えを提起することが可能になります。
(3)注意点!
注意が必要なのは、嫡出否認の訴えが可能な場合は、その手続きのみしかできず、嫡出否認の訴えの提訴可能期間の1年(令和6年4月1日以降に出生した子については3年)を過ぎた場合は、もはや親子関係を争えないということです。親子関係不存在確認の訴えも利用することはできません。それは、DNA鑑定により明らかに夫の子供でない場合であっても同じです。
(最高裁第一小法廷平成26年7月17日判決(判タ1406号59頁))
夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,子が,現時点において夫の下で監護されておらず,妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできない
したがって、夫は、子供が生まれた後、自分の子供と信じて1年以上経過すると(令和6年4月1日以降に出生した子については3年)、もはや親子関係の不存在を争うことはできなくなります。その結果、その子供を養育する義務を否定することはできなくなるのです。
もっとも、妻が、離婚後にその子の養育費の請求をすることが許されないとされるケースもあります。
3 養育費の請求が権利の濫用として認められないこともある
最高裁第二小法廷平成23年3月18日判決(判タ1347号95頁)は、妻が他の男性との間で設けた子の養育費を、離婚時に夫に請求した事件です。最高裁は、妻の請求が権利の濫用にあたるとして、その請求を却下しました。
この事件で、最高裁は、妻が他の男性との間で子供を設けたことについて夫に申告しなかったため、夫が嫡出否認の訴えなどの法的手段をとる機会を失ってしまったことや、夫が婚姻中に当該子供のために高額な費用を負担してきたことを重視しています。
したがって、他の男性との間で設けた子について養育費を請求することはできないという一般論にはなりません。ただ、妻が、子供の実の親が夫ではないことを夫に申告しなかったケースにおいては、夫が嫡出否認の訴えを提起する余地がほとんどありません。そのため、そのようなケースにおいては夫の不利益があまりにも甚大であるため、上記の最高裁判決と同様に、妻の養育費請求が権利の濫用と評価される可能性は高いように思われます。
弁護士の本音
嫡出否認の訴えが可能な期間が短いことで、法律は、婚姻を選択した男性の一定の犠牲の元に、子供の利益を優先していると評価することもできるかもしれません。令和6年4月以降、提訴期間が1年から3年に延びるのは、そうした問題意識によることは間違いないでしょう。
家族制度はその時代の社会倫理観が如実に現れるものです。こうした制度に対する理解と認識が広まり、常により良い制度に更新されるべく、関心が集まることを期待したいと思います。