プロキオン法律事務所の弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の調停や裁判に出席しています。
(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)
その後、婚姻費用なるものを請求されたんですが、これは払わなければいけないんでしょうか?
このような、妻が家出をして帰ってこないが生活費を請求されているという相談は、実は結構多くて、すでに婚姻費用(別居中の生活費のこと)の調停を申し立てされているケースが大半です。
そこで今回は、妻が勝手に家出をして帰ってこない場合でも、婚姻費用を払わなければならないのか、解説します。
1 有責配偶者からの婚姻費用請求は減額または免除される
別居に至った原因や、婚姻間婚姻関係が破綻した原因が、もっぱら妻にある場合は、夫は婚姻費用を支払う義務はありません。これは、昨今の裁判例によって確立している裁判所の運用です。ただし、妻が子供と一緒に別居をした場合は、子供の養育費分については支払い義務があるので、そこは注意しましょう。
(大阪高裁平成28年3月17日決定)
夫婦は,互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は,夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが,別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は,信義則あるいは権利濫用の見地からして,子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。
(東京家裁平成20年7月31日決定)
別居の原因は主として申立人である妻の不貞行為にあるというべきところ,申立人は別居を強行し別居生活が継続しているのであって,このような場合にあっては,申立人は,自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず,ただ同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるものと解するのが相当である。
そうすると、妻が勝手に別居をした場合は、別居の原因は妻の身勝手な判断によるものであるから、婚姻費用は支払う必要はないのではないか?そんな風に思うかもしれません。
ところが、それほど簡単な話ではありません。
2 有責配偶者からどうかの慎重な審理は行われない
婚姻費用請求は、家庭裁判所の調停や審判手続で審理され、話し合いがまとまらなければ、最終的には裁判官が金額を判断することになります。
ところが、婚姻費用というのは、日々の生活費のことですので、その金額の決定に何年もかけるわけにはいきません。裁判所の手続きとしては、迅速な処理をすることも優先されるのです。
したがって、一般的には次のように運用されていると言えます。
☑️妻に別居の原因があるかもしれないが、それを判断するには時間をかけた審理が必要な場合
→婚姻費用は満額認められる。
☑️妻に別居の原因があることが明白(不貞の証拠があるなど)。しかし、夫にも問題がなかったとは言い切れず、それを判断するには時間をかけた審理が必要な場合
→婚姻費用は(一部)認められない。
裁判例も、次のように述べています。
(大阪高裁平成20年9月18日決定)
婚姻費用分担事件では、離婚又は同居までに当面必要な生活費等の分担額を迅速かつ簡易に定めることが求められているから、適正な分担額を定めるには、不貞等の別居原因の解明が必要であるからといって、そのために当事者及び関係者を直接審尋する等の手続のため長時間を費やすことは、その事件の性格からみて、適切な審理方法とはいえないものというべきである。
こちらの決定は、妻に別居の原因があることが明白だが、夫にも問題がなかったとは言い切れず、それを判断するには時間をかけた審理が必要な場合です。結論として、婚姻費用請求を一部認めないものとしました。
(大阪高裁平成21年4月27日決定)
当事者及び関係者を直接審尋する等の手続のために長時間を費やすことが適当とはいえない婚姻費用分担請求事件においては、この点の解明は離婚訴訟に譲り、同訴訟における婚姻費用の精算として処理するのを相当というべきである。
こちらの決定は、妻に別居の原因があるかもしれないが、それを判断するには時間をかけた審理が必要な場合です。結論として、婚姻費用請求を満額認めました。
(津家裁令和2年10月21日決定)
申立人とAの不貞関係が疑われるところであり,その時期が別居後2か月余りということからすると,別居以前においても不貞関係があった可能性は拭えない。しかし,未だその事実を認定するまでの証拠はないところ,当事者及び関係者を直接審問する等の手続のために長時間を費やすことが適当とはいえない婚姻費用分担請求事件においては,この点の解明は離婚訴訟に譲り,同訴訟において婚姻費用の清算として処理するのが相当というべきである。
こちらは最近の家庭裁判所の決定ですが、上記平成21年4月27日の大阪高裁の決定に準じた判断をしていることがわかります。結論として、婚姻費用背級を満額認めました。
したがって、このような裁判所のスタンスに基づくと、「妻が勝手に別居をした」ことを理由に婚姻費用の支払いを免れることは極めて難しいと言えるでしょう。単に合意に基づかないで別居をしたというだけでは、本当に妻のみに問題があったのか、直ちに判断をすることが困難なのです。
実際に実務でも、夫側が妻の勝手な別居を主張するケースは大変多いですが、それによって婚姻費用の支払いを減額してもらったという例は見られません。
3 迅速な決定のために不利な結果になった場合、どこで救済される?
では、最終的に、妻の別居が本当に身勝手なものだった場合、どこで夫が救済されるのかというと、それは離婚時の財産分与手続です。これは、妻だけでなく、夫にも実は大きな問題があったにも関わらず、婚姻費用請求が認められなかった場合も同じです。妻への救済は財産分与で行われます。
上記の大阪高裁平成20年9月18日決定でも、次のように述べられています。
(大阪高裁平成20年9月18日決定)
なお、今後の離婚訴訟において本件の別居原因が解明され、相手方(※妻のこと)にその主たる責任があるとはいえないと判定された場合には、生活保持の義務を基礎として一般的に認められるべき婚姻費用分担額と本件の分担額との差額部分につき、財産分与を定める際の過去の婚姻費用の精算の問題として解決することが可能というべきである。
上記の津家裁令和2年10月21日決定でも、
(津家裁令和2年10月21日決定)
当事者及び関係者を直接審問する等の手続のために長時間を費やすことが適当とはいえない婚姻費用分担請求事件においては,この点の解明は離婚訴訟に譲り,同訴訟において婚姻費用の清算として処理するのが相当というべきである。
と言っており、要するに、婚姻費用の精算を、離婚訴訟での財産分与の枠組みの中で解決する道が残されている旨を述べています。
4 妻が出産のため実家に帰ったまま帰宅しない場合は?
里帰り出産の後、妻が自宅に帰ってこず、子供とも会えていないという相談も実は多いです。この場合も、なぜ妻が帰ってこないのか、妻からじっくりと話を裁判所が聞かなければ、正確なところはわかりません。
そのため、このケースでも、上記大阪高裁平成20年9月18日決定が言った、「当事者及び関係者を直接審尋する等の手続のため長時間を費やすことは、その事件の性格からみて、適切な審理方法とはいえない」というのが妥当するでしょう。
そのため、婚姻費用は満額請求できることになり、最終的に、離婚訴訟で、本当に妻が身勝手に帰ってこなかったことが明らかになった場合は、財産分与の中で精算すること(支払った婚姻費用について一部戻してもらう形)になるでしょう。
今回の弁護士のアドバイス
勝手に別居をした妻からの婚姻費用請求は・・・
☑️原則として全額認められてしまう!
☑️ただし、その後の財産分与手続で救済される余地がある!
☑️里帰り出産をした妻が帰ってこないケースなども同様!
弁護士の本音
本文で述べた通り、婚姻費用というのは目の前の生活のために必要な費用ですから、迅速に解決する必要があるとされます。そのため、裁判所としても、ひとまずの暫定的な事実をもとに判断せざるを得ません。そういうわけで、一時的に夫又は妻が不利な結果を受け入れなくてはならなくなるのです。
それでは、実際に離婚訴訟の財産分与手続で精算されるのかというと、実はそれまでの間に和解で解決することも多いので、精算される結果になるケースは滅多にないと言えるでしょう。というのは、支払う夫側としても、最終的に裁判所が適切に精算してくれるか不安であるため、婚姻費用の支払いを早く切り上げたいがために、和解で離婚をする傾向にあるためです。
婚姻費用というのは、離婚の争いの前哨戦という意味合いがあります。本丸の離婚がどういう結果に終わりそうかという点も見据えて、対応を行なっていく必要があるでしょう。専門家と相談をしながら対応してくことを強くお勧めしたいと思います。