プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(横浜で離婚に特化した法律事務所として2015年に設立。翌年東京にも事務所開設。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の離婚調停や裁判に出席しています。
(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)
今回は、一度も同居をしたことのない夫婦の間でも、夫(収入が高い方の配偶者)は妻(収入が低い方の配偶者)に対して婚姻費用を支払わなければならないのかについて、解説します。
1 婚姻費用を負担する義務
まず、配偶者間で、収入が高い方が低い方に生活費(婚姻費用)を払わないといけない義務に関して、整理しておきましょう。
法律上は、民法の以下の規定が根拠となっています。
(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(婚姻費用の分担)
第七百六十条 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
そして、この義務は、夫婦の他方に自己と同程度の生活を保障する、いわゆる生活保持義務であるとされています。つまり、収入の高い方は、もう一方の配偶者に、自分と同レベルの生活水準を保障しなければならないとされています。
それでは、結婚したものの、価値観がそぐわず、同居に至らなかった場合(一度も同居をしたことがない場合)でも、夫は妻に婚姻費用を支払わなければならないのでしょうか?上記の民法752条は、「互いに」協力しなければならないと定められています。妻から婚姻に基づく協力を何ら受けていない場合でも、夫は生活費の負担義務があるのか、それが実際に争われたことがあります。以下、ご紹介します。
2 実際の事件で家庭裁判所が判断した内容
この事件は、令和2年の6月に交際を開始して婚約し、8月に婚姻届を提出したものの、妻が夫との同居を拒否し、一度も同居をすることがないまま、むしろ生活費の支払いの要求をするようになったという事件です。
事件を審理した横浜家庭裁判所は、まず以下のように一般論を述べました。
(横浜家庭裁判所令和4年6月17日決定(判タ1512号105頁))
夫婦が同居して共同生活を営むと,各自独立して生活していたときとは異なり,共同化した家事や育児を分担することで,夫婦の一方は就労の制約を受けながら,内助の功により他方の勤労を支え,これにより得た収入から扶助を受けるという相互的な協力扶助関係が成立する。そうした夫婦の同居協力関係の下での夫婦間の扶助は,自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務となると解される。夫婦が同居生活を始めた後で,後に夫婦の別居が開始した場合であっても,育児の分担関係が残っていれば,同居中からの協力関係は継続しているから,同居中の生活保持義務も継続させる必要が認められるし,そうでなくても,同居中の家事や育児の分担の犠牲で就職機会を逃した無責の主婦等に対しては,相当期間,同居中の生活保持義務を継続させる必要が認められる。
以上のように、横浜家裁は、同居中と別居中に分けて、夫が妻に婚姻費用を支払う必要がある場合を例示しました。ここで裁判官が重視したのは、おそらくは民法752条の、「互いに」協力し扶助しなければならないという文言でしょう。婚姻費用の支払いは一方的な義務であってはならないという考えがあったものと思われます。
その上で、裁判所は以下のように判断をし、妻からの婚姻費用の請求を認めませんでした。
(続き)
・・・そうすると,申立人(※妻)と相手方(夫)が夫婦としての共同生活を始めることは,水と油のように元々無理なことであって,互いに相手の性格傾向や基本的な夫婦観,人生観を理解するのに十分な交流を踏まえていれば,そもそも当事者間で婚姻が成立することもなかったと推認することができる。言い換えると,当事者間の婚姻は余りに尚早の婚姻届出であって,本件において当事者間の夫婦共同生活を想定すること自体が現実的ではないということができる。
以上の事実関係の下では,当事者間で婚姻が成立しているとはいえ,通常の夫婦同居生活開始後の事案のような生活保持義務を認めるべき事情にはないというべきである。
婚姻費用の支払いの根拠となる、夫婦間の協力義務が相互にあるという点を踏まえれば、こうした裁判所の判断は妥当とも思えます。ところが、この判断の抗告審である東京高裁は、横浜家裁の上記判断をひっくり返し、妻からの婚姻費用の請求を認めるに至りました。
3 家裁の判断をひっくり返した高等裁判所の判断
東京高裁は、次のように述べました。
(東京高等裁判所令和4年10月13日決定(判タ1512号101頁))
婚姻費用分担義務は、前述したように婚姻という法律関係から生じるものであって、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではないから、婚姻の届出後同居することもないままに婚姻関係を継続し、その後、仮に抗告人(妻)と相手方(夫)の婚姻関係が既に破綻していると評価されるような事実状態に至ったとしても、前記法律上の扶助義務が消滅するということはできない。もっとも、婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある配偶者が婚姻費用の分担を求めることは信義則違反となり、その責任の程度に応じて、婚姻費用の分担請求が認められない場合や、婚姻費用の分担額が減額される場合があると解されるものの、本件においては、仮に、抗告人と相手方の婚姻関係が既に破綻していると評価されるような事実状態にあるとしても、その原因が専ら又は主として抗告人にあると認めるに足りる的確な資料はない。
つまり、婚姻費用を支払う義務は、婚姻をしたことで法律上当然に発生する義務とされています。そして、婚姻関係にある以上は、婚姻に協力関係が認められなかったとしても、婚姻費用を支払わなければならないものと判断されました。婚姻関係が破綻している場合も同様です。
東京高裁の判断は、このように、夫にとっては極めて厳しいものでした。婚姻費用の支払い義務は、婚姻を行った以上当然に発生する、対価を求め得ない一方向的な義務ということになります。
一方で、東京高裁は、もし婚姻関係の破綻について、専ら又は主として妻に責任がある場合は、婚姻費用の請求が認められないこともありうる旨を述べています。これは、すでに数多くの裁判例が築き上げたルールです。ただ、専ら又は主として妻に責任があるかを婚姻費用の審判手続の中で判断することは、手続上、困難であるのが普通です。(詳しくは、https://riko-net.com/divorce-living-expenses/wife-will-not-come-backをご参照ください。)
今回の東京高裁の判断は、婚姻に伴う扶養義務の重みをあらためて認識させるものと言えるでしょう。
今回の弁護士からのアドバイス
たとえ一度も配偶者と同居をしたことがなくても・・・
☑️生活費(婚姻費用)を支払わなければなりません!(請求できます!)
☑️婚姻関係が破綻している場合でも同様です!
☑️ただし、婚姻関係の破綻について、専ら又は主として請求者に責任がある場合は、減額又は免除されることになります!
弁護士の本音
婚姻による義務に縛られたくないという若者が増え、少子化の深刻度が増す昨今、今回の東京高裁の判断は時代に沿ったものと言えるのか、疑問に思う人もいるかもしれません。一方で、婚姻制度を社会秩序の根幹として重んじる人にとっては、当然の判断と捉える方もいらっしゃるでしょう。
それぞれの立場の人が、こうした裁判所の判断を理解し、考える機会にしていただければと思います。
また、実際に離婚問題で悩まれている方においては、上記の記事が問題解決のお役に立てられれば幸いです。