1 養育費・婚姻費用算定表だけでは金額が分からない!
プロキオン法律事務所の弁護士の青木亮祐です。
さて、離婚に向けて別居をしている場合や、離婚調停になっている場合、良く問題になるのが、離婚に至るまでの間の婚姻費用(生活費)です。
一般的には、養育費・婚姻費用算定表に、夫婦それぞれの収入を当てはめて金額を見積もります。
しかし、養育費・婚姻費用算定表は、標準的なケースの場合についての早見表にすぎません。あらゆるケースに当てはめられる訳ではありません。
特に問題になるのが、前妻との間に子供がいて、その子のために前妻に対して養育費を払っているというケースです。その場合、今の妻にいくら渡せば良いのか、上記の算定表だけでは分からないのです。
そこで、今回は、前妻に養育費を払っている夫が、今の妻に婚姻費用をいくら渡せば良いのか計算する方法をお伝えします。
2 計算方法
(1)計算の準備段階としての「理屈」
婚姻費用は、夫の収入のうち、「生活費に回せるお金」を妻に均等(100:100)に渡し、妻の収入についても、同様に夫に渡すという考えからスタートします。
子供がいる場合は、子供にも渡します(実際には子供を監護している配偶者に渡します。)。
子供は、15歳未満であれば、大人との比率は100:55、15歳以上であれば、100: 90です。
結果として、夫が妻に対して渡すべき生活費が、妻が夫に対して渡すべき生活費よりも多い場合に、夫はその差額を妻に支払うことになります。
この差額部分こそが、婚姻費用そのものなのです。
夫が妻に渡すべき生活費 — 妻が夫に渡すべき生活費 = 婚姻費用
一方、夫が前妻に対して養育費を払っている場合はどう考えれば良いでしょうか。
この時、夫が妻に渡すべき生活費が下がることになるのです。
なぜなら、夫は、前妻との間の子供のために養育費を負担しているため、「生活費に回せるお金」のうち、妻に渡せる金額が下がるからです。
それでは、具体的な計算方法を見ていきましょう。
(2)具体的な計算式
収入のうち「生活費に回せるお金」を算出しよう!
まず、夫の年収を確認します。そして、そのうち「生活費に回せるお金」を算出します。
現在の裁判所の運用では、「生活費に回せるお金」の額については、年収に応じた一定の割合を当てはめて算出します。
具体的には、給与所得者の場合は、源泉徴収票記載の年収額に応じて、以下のような割合で「生活費に回せるお金」が算出されます。
自営業者についても、事業収入に応じて算出されます。
給与所得者の場合
・〜100万円 42%
・〜125万円 41%
・〜150万円 40%
・〜250万円 39%
・〜500万円 38%
・〜700万円 37%
・〜850万円 36%
・〜1350万円 35%
・〜2000万円 34%
自営業者の場合
・〜421万円 52%
・〜526万円 51%
・〜870万円 50%
・〜975万円 49%
・〜1144万円 48%
・〜1409万円 47%
(松本哲弘「婚姻費用分担事件の審理-手続と裁判例の検討」家月62巻11号57頁参照)
「生活費に回せるお金」のうち、妻に渡す金額を算出しよう!
単純に夫婦二人だけのケース
それでは、夫の年収1000万円で、単純に夫婦二人だけの場合で考えてみましょう。
まず、「生活費に渡せるお金」は、上の表によれば、
1000万円×35%=350万円
となりますね。
そして、夫と妻は均等(100:100)ですので、妻に渡すべき金額は、
350万円×100/(100+100)=175万円
と算出されます。
式の中の100/(100+100)というのは、夫と妻のために負担すべき生活費のうち、妻の分について、という意味です。
妻が無職で仕事もできない場合は、この金額をそのまま渡すことになります。
もちろん、妻にも年収がある場合は、妻も夫に渡すべき金額が生じます。
その金額が、計算の結果仮に100万円であれば、夫は差額である75万円を婚姻費用として妻に渡すことになります(12等分して月々渡すことになります)。
前妻との間に子供がいるケース
では、前妻との間に子供がいる場合はどうでしょうか。
先ほど、15歳未満の子供の生活費割合を、大人100子供55と記載しました。
前妻が無職であり仕事もできない場合は、この比率は変わりません。
そこで、妻に渡すべき金額は、
350万円×100/(100+100+55)≒137万円
と算出されます。式の中の100/(100+100+55)というのは、夫自身と、今の妻と、前妻との間の子供のために負担すべき生活費のうち、今の妻の分について、という意味です。
今の妻が無職で仕事もできない場合は、この金額をそのまま渡すことになりますし、今の妻に年収がある場合は、妻が夫に渡すべき金額も計算した上で、その差額を渡すことになります。
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一方、前妻が仕事をしている場合はどうでしょうか。
この場合、夫が前妻との間の子供のために負担すべき生活費の比率が通常の「大人100、子供55」とは変わります。
なぜなら、前妻との間の子の生活費は、夫と前妻双方で負担すべきだからです。
夫がその子供のために負担すべき生活費割合は、
子供55×夫の「生活費に回せるお金」
/(夫の「生活費に回せるお金」+前妻の「生活費に回せるお金」)
によって算出できます。
仮に、前妻の年収が200万円だとすると、前妻の「生活費に回せるお金」は、上記の表に当てはめると、80万円(200万円×40%)です。
すると、夫がその子供のために負担すべき生活費割合は、
55×350万円/(350万円+80万円)≒45
となります。
そうすると、今の妻に対して渡すべき金額は次の通りです。
350万円×100/(100+100+45)≒143万円
結論として、143万円と算出されました。
妻が無職で仕事もできない場合は、この金額をそのまま渡すことになりますし(12等分して月々渡すことになります)、妻も年収がある場合は、妻が夫に渡すべき金額を計算した上で、その差額を渡すことになります。
このように、前妻との間の子のために養育費を負担している場合は、今の妻に渡すべき婚姻費用を調整することができるのです。
ぜひ、参考にしてみてください。
前妻との間に子供がいる場合、今の妻にいくら婚姻費用を渡せば良いのか。これは本当によくある相談です。
しかし、調停に参加していると、実は調停委員さんも正確に計算できないことが多いことが分かります。そして、弁護士が同席していない調停では、単純に養育費・婚姻費用算定表で当てはめようとしてしまう場合があるようです。
弁護士であっても、詳しくない方も多いようで、それによって不利益を受けている当事者が多くいると思います。前妻の子供への扶養が考慮されれば、本来、婚姻費用は下がるからです。
以上のような危機意識があり、今回の記事を書かせていただきました。今回の記事が皆様のお役に立てましたら幸いです。