離婚を考える中で、お子様のことで一番不安になるのは「子供と離れたくない」という気持ちではないでしょうか。しかし、残念ながら、ご夫婦の間で子供をどちらが引き取るか合意ができない場合に、どちらかが子供を連れて行って出てしまう場合は多々あります。
ところが、いわゆる「連れ去り別居」については、その法的な位置づけや、その後の手続きについて、誤解されているケースも少なくありません。
そこで今回は、「子供は絶対に返したくない!」と願うあなたのために、監護者指定・強制執行・人身保護請求などの子供を巡る法的な手続きや、子供の気持ちが手続に与える影響について、詳しく解説していきます。
「連れ去り別居」って違法じゃないの?日本の裁判所の現状
夫婦の一方が子供を連れて別居する「連れ去り別居」は、一般的には「子供を勝手に連れて行くなんて!」と非難されがちです。しかし、実はこの「連れ去り別居」は、日本の法律上、明確に「違法」と断定されることは少なく、刑法上もグレーゾーン(法律上問題なしとは言い難いが、警察機関は動いていない。)とされています。
というのも、現在の日本の裁判所の運用では、監護をメインで担ってきた側の連れ去りは事実上黙認する傾向にあるからです。これは、子供の生活環境を急激に変化させることを避け、現在の監護状況を尊重しようとする考えが背景にあります。そのため、たとえ、片親が一方的に子供を連れて別居を開始したとしても、それだけでその親が監護者として不適切と判断されることも稀です(そうした裁判所の運用が良いのか悪いのかは別の話です。)。
もちろん、だからといって「連れ去り別居が何の問題もない」ということではありません。仮に違法な連れ去りがあったとしても、それのみでその後の監護者が相手に決まるというわけでもありません。連れ去りの事実だけをもって、子供の監護者がすぐに決定されるわけではない、ということを覚えておきましょう。裁判所は、あくまで子供の利益を最優先に、様々な事情を総合的に考慮して判断します。
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プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(離婚に特化した法律事務所として東京と横浜に事務所を構えています。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の[…]
子供を連れ去った後の法的手続きの展開
もしあなたが子供を連れて別居した場合、その後、どのような法的手続きが待っているのでしょうか。
子供を連れ去った後、相手側からは、主に以下の3つの申し立てを家庭裁判所に行うことになるでしょう。
- 監護者の地位の指定の申立て:どちらが子供の日常的な世話や教育を行う「監護者」として適切であるかを裁判所に判断してもらうための手続きです。
- 子の引き渡しの申立て:現在、子供を監護している親に対して、子供を自分のもとに引き渡すよう求める手続きです。1とセットで申し立てます。
- それらを保全するための保全処分の申立て:上記の監護者指定や引き渡しが最終的に決定するまでには半年弱(あるいはそれ以上)の時間がかかります。そのため、暫定的に子供の監護者や引き渡しについて決定してもらうための緊急的な手続きです。こちらも、1・2とセットで申し立てることが多いです。
これらの申し立てが行われると、家庭裁判所では、どちらが子供の監護者として相応しいかが判断されることになります。
このとき、もしあなたが違法な連れ去りをしていた場合は、その事実がマイナスポイントとして考慮されることがあります。「違法な連れ去り」というのは、単なる一方的な連れ去りではなく、例えば、事前に相手方に知らせず、子供の意思も確認せずに、しかも相手よりメインで子供を監護していたわけではないのに、一方的に連れ去った場合などがこれにあたります。しかし、前述の通り、それが決定的なマイナス要素になるかというと、そうではありません。子供の監護者として最も適切であるかどうかは、単に連れ去りの事実だけで決まるのではなく、子供の現在の監護状況、生活環境、父母双方の監護能力、経済状況、精神状態、そして子供自身の意思など、様々な要素を総合的に判断して決定されます。
監護者決定までの流れと「即時抗告」「保全処分」
家庭裁判所では、監護者指定や子の引き渡しについて判断するにあたり、当事者双方の意見を聞くだけでなく、重要な調査として調査官調査を行います。
調査官調査とは?
家庭裁判所調査官は、心理学、社会学、教育学などの専門知識を持つ家庭裁判所の職員です。彼らは、中立的な立場から、子供の現在の生活状況、精神状態、父母それぞれの養育環境、監護に対する意欲と能力などを詳細に調査します。具体的には、子供と面談し、子供の意思や気持ちを丁寧に聞き取ります。また、親御さん双方から話を聞いたり、必要に応じて学校や保育園、医療機関などから情報収集を行うこともあります。この調査結果は、「調査報告書」として家庭裁判所に提出され、家庭裁判所が監護者を決定する上で非常に重要な判断材料となります。
※調査官は「子供にとってどちらと過ごすのが幸福か」という判断まで行います。ところが、その意見が記載された調査報告書においては、極めて主観的とも言いうる記述がされている場合も少なくありません。裁判官の判断の基礎になり、その後の子供の人生を大きく左右するにもかかわらず、事実上の影響力が強すぎるため、批判もあるところです。
決定と即時抗告
調査官調査やその他の証拠に基づき、家庭裁判所の裁判官が、子供の監護者をどちらにするかを決定します。この決定は、「審判」という形で出されます。この決定に対して不服がある場合、あなたは異議を申し立て、高等裁判所に判断を仰ぐことができます。これを「即時抗告」と言います。即時抗告を申し立てることで、高等裁判所が再度、監護者について判断することになります。即時抗告は、原則として、審判書を受け取ってから2週間以内に行う必要があります。また、その後、高等裁判所の判断が下るまで、2ヶ月程度は見ておく必要があります。
保全処分の重み
ところで、ここで特に注意が必要なのが最初に挙げた「保全処分」です。相手方が監護者指定や子の引き渡しの本案申し立てと同時に保全処分を申し立て、それが裁判所に認められてしまった場合、すぐに子供を引き渡す義務が生じます。この保全処分は、本案(監護者指定や引き渡し)に対する判断が出るまでの間、暫定的に子供の監護権をどちらかに与え、あるいは子供を引き渡すことを命じるものであり、非常に強い効力を持つものです。
保全処分が認められてしまった場合、たとえあなたがその決定に対して即時抗告を申し立てたとしても、原則として直ちに子供を引き渡さなければなりません。保全処分は、緊急性が高いと判断された場合に発令されるため、その効力も非常に強力なのです。
強制執行:引き渡しが命じられたのに従わない場合
もし、裁判所から子供を引き渡す義務が生じているにも関わらず、あなたが子供の引き渡しをしない場合、相手方は強制執行の申立てをすることができます(※保全処分に基づく強制執行の場合は、決定を受け取ってから2週間以内に申立てをしなければ認められません。)。強制執行は、裁判所の決定を実効性のあるものとするための手続きであり、主に以下の2つの方法があります。
1.直接強制(子の強制的な引き渡し)
直接強制とは、執行官と相手方があなたの自宅などに赴き、強制的に子供を連れて行くというものです。これは、子供にとっても親にとっても非常に辛い状況であり、精神的な負担も大きいことは言うまでもありません。
しかし、直接強制には子供の年齢による限界があります。それは、子供が年長さんまたは小学生以上であれば、子供の断固とした拒否反応(絶対に相手の元には行かない!と言い続けるなど)があると、執行不能として、強制執行は断念されることになります。子供が明確かつ強い意思で引き渡しを拒否している場合に、無理やり連れ去ることは子の人権を侵害することにもなりかねないためです。この場合、執行官は執行を中止し、子供の引き渡しは行われません。
10才以上の子供の場合は、さらにその意思が尊重されますので、基本的に直接強制はできません。
2.間接強制(制裁金の支払い)
間接強制とは、裁判所が、子供の引き渡しを行うまで、あなたに対して1日あたり1万円や2万円といった制裁金(過料)の支払いを命じるものです。これは、引き渡しをしないことに対する間接的なプレッシャーを与え、自発的な引き渡しを促すことを目的としています。制裁金の金額は、あなたの収入などを考慮して決定されます。
直接強制とは異なり、間接強制については、子供の強固な拒絶意思だけで直ちに取り消されることはないことに注意が必要です。子供を引き渡さない限り、日々支払額が増していき、経済的な負担が非常に大きくなっていきます。
もっとも、10才以上の子供に関しては、子供の意思がさらに尊重されるため、子供が相手の元に行くことについて拒絶反応を示していれば、基本的に間接強制は認められません。
(子供が10才未満であっても間接強制が認められないことも・・・)
なお、10才未満の子であっても、間接強制が認められないケースもあります。子供が相手の元に行きたくないという強固な意思表明を半年以上続いたり、あるいは子供を強く説得しているにも関わらず、子供自身の強固な意思で相手の元へ行くことを応じないという場合は、裁判所が間接強制を取り消すこともあります。例えば、相手をこちらの玄関先まで呼んで、子供を説得する機会を与えても、やっぱり子供が相手の元にいくのを拒絶したなどといった事案で、間接強制は認められないとされた例があります(大阪高裁令和3年10月8日決定)。
事案の概要今回紹介する審判は、父親による子の引渡しの間接強制の申立事件に対する抗告審です(大阪高裁令和3年10月8日決定 ウエストロー・ジャパン搭載)。この審判に至る前、別居中の父親と母親のどちらが子どもを育てるか(監護権)をめぐって争[…]
人身保護請求:子供の保護を求める最終手段
強制執行(直接強制、間接強制)によっても子供の引き渡しが実現しない場合、最後の手段として検討されるのが「人身保護請求」です。これは、子供の身体の自由が不当に拘束されている場合に、その解放を求めるための、より強力な法的手段です。
人身保護請求とは?
人身保護請求は、日本国憲法第34条に基づき、不当な身体拘束からの解放を求めるための特別な手続きです。子供の引き渡しにおいては、裁判所の決定にもかかわらず親が子供を引き渡さない状態が続いている場合、子供が不当に拘束されている状態であるとみなし、その解放を求めるものとして利用されます。認められる要件としては、①拘束されていること、②その拘束が「違法」であることが明白なこと、③他に適切な手段がないことです。
この手続きにおいては、裁判官が判断をする際、一旦子供の身柄を事実上裁判所の職員が預かり、その上で裁判官によって最終的な判断を行うことがあります。そして、人身保護請求が認められ、引き渡しを命じる判決が下された場合、裁判所が子供を預かっている状態から、その場で申立人(引き渡しを求める親)に直接引き渡すことになります。そのため、人身保護請求は最後のもっとも強力な手続と位置付けられます。
ただし、間接強制も認められないくらい、子供の強固な意思(大人の説得に対しても決して応じない強い態度、明確な拒否の意思)を示している場合は、その拘束が「違法」であることが明白とは言えないとして、人身保護請求も棄却になる可能性が高いです。
子供の年齢と子供の意思
お子様の年齢は、裁判所の判断に非常に大きな影響を与えます。特に、子供自身の意思がどれだけ尊重されるかという点において重要です。ここでまとめておきましょう。
10才以上(小学5年生以上)の子供の意思
そのため、この年齢の子供が「絶対に相手の元には行きたくない」と強く訴え続ける限り、監護者が相手に指定される可能性は低いです。ただし、他の事情により相手が監護者として指定される場合もあるでしょう。しかし、その場合であっても、直接強制は認められません。また、間接強制や人身保護請求も認められない可能性が高いです。つまり、10才以上の子供が自分の意思で相手方への引き渡しを明確に拒否している場合、監護者が相手に指定されるかどうかにかかわらず、引き渡しは極めて困難になります。
10歳未満の子供の場合
一方で、子供が10才未満の場合でも、その意思が全く考慮されないわけではありませんが、10才以上の子供ほど重視されない傾向にあります。
監護者の指定に際しては、子供の意思はほとんど重視されません。一方で、直接強制に際しては、子供が断固として相手の元に行くのを拒否していれば、執行は不能となります。ただし、間接強制や人身保護請求は認められる可能性が高いでしょう。
もっとも、子供が10才未満であっても、上述の通り、子供の拒絶反応があまりにも強く、親の説得に対しても揺るがないようなケースでは、間接強制や人身保護請求も認められないことになるでしょう。
まとめ
- 連れ去り別居は、日本の裁判所では「グレー」とされており、監護をメインで担ってきた側の連れ去りは事実上容認される傾向にあります。ただし、監護をメインで担っていない側による違法な連れ去りがあった場合、その後の監護者決定においてマイナス要素となる可能性はあります。
- 子供を連れ去った場合、相手方からは監護者指定、子の引き渡し、およびその保全処分の申し立てが行われます。保全処分が認められると、直ちに引き渡しの義務が生じます。
- 家庭裁判所は、調査官調査などを通じて、子供の監護者としてどちらが適切かを判断します。
- 引き渡し義務が生じているのに従わない場合、相手方は強制執行を申し立てます。
- 直接強制(執行官による引き渡し)は、子供が年長さんや小学生以上で、強固な拒絶意思を示すと執行不能となります。
- 間接強制(制裁金の支払い)は、10才以上の子の場合は、その拒絶意思があると認められない可能性が高いです。10才未満の場合は認められるのが原則ですが、長期にわたり子供の強固な意思が維持されたり、親の説得によっても相手の元に行きたがらない場合は、認められないこともあります。
- 強制執行でも引き渡しがなされない場合の最終手段は人身保護請求です。これは非常に強力な手続きですが、10才以上の場合は、子供の意思に反する場合は棄却されます。10才未満でも、間接強制が認められないほどの子供の強固な意思があれば、棄却されることになるでしょう。
- 子供が10歳以上であれば、その意思は最大限尊重され、強制的な引き渡しは非常に困難になります。
弁護士のホンネ

法律事務所
本記事は、決して連れ去り別居を推奨するものではありません。
むしろ、連れ去り別居は、子供にとって非常に大きな負担をかける行為であり、生活環境を大きく変動させるものですので、可能な限り避けるべきだと考えます。子供は、親の争いの板挟みになり、精神的なストレスを感じやすくなります。可能な限り、話し合いによって解決策を見つけることが望ましいのは言うまでもありません。
しかし、現実には様々な事情があります。特に、DV(ドメスティック・バイオレンス)案件のケースなどでは、相手方からの暴力や精神的苦痛から逃れるために、やむを得ず子供を連れて別居せざるを得ない状況もあるかもしれません。
また、近年は、妻側によるDV案件なども目立ってきており、とりわけ子供に対する虐待的な行為が見られるケースもあります。その場合に、これまでメインで監護をしてきたわけではない夫側が子供を連れて別居することが良いのか、悪いのか、その判断は極めて難しいところです。
このような複雑な状況においては、子供に対する影響、現在の裁判所の判断の傾向、そして何よりも子供の年齢などに鑑みて、慎重に検討する必要があるでしょう。
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