事案の概要
今回紹介する審判は、父親による子の引渡しの間接強制の申立事件に対する抗告審です(大阪高裁令和3年10月8日決定 ウエストロー・ジャパン搭載)。この審判に至る前、別居中の父親と母親のどちらが子どもを育てるか(監護権)をめぐって争われました。家庭裁判所の審判により、長男と二男の監護権は父親(相手方)にあると決まり、母親(抗告人)は子どもたちを父親に引き渡すよう命じられました。
二男については母親から父親への引渡しが実現しましたが、長男は強く拒否し、引渡しはできませんでした。そこで父親は、母親が引渡し命令に従わないとして、家庭裁判所に対し「1日あたり5万円」の支払いを求める間接強制を申し立てました。この申し立てが認められ、母親に対して「1日2万円」の支払いを命じる決定が出されました。母親はこれを不服として、高等裁判所に抗告しました。それに対する判断が、今回の大阪高裁決定です。
母親(抗告人)の主張
母親側は、以下のような点を主張しました。
・長男は父親と暮らすことを強く拒否しており、母親自身は引渡しを試みたり面会の機会を設けたりして誠実に対応してきた。
・子どもが8歳になっており、自分の置かれた状況を理解したうえで判断しているため、その意思は尊重されるべきである。
・子どもが嫌がっている状況で、母親だけが強制的に引き渡すよう金銭的な圧力をかけることは、子どもに悪影響を及ぼし、また不当な強制である。
以上を理由に、母親は「自分は引渡しを拒否しているわけではなく、また自分の意思だけで引渡しを実現することはできない」として、間接強制の申し立ては認められるべきではないと主張しました。
大阪高裁の判断
大阪高裁は、母親の主張を認め、原決定を取り消して父親の申し立てを却下しました。その理由は以下のとおりです。
1 引渡し命令と間接強制の関係
裁判所はまず、家庭裁判所による引渡し命令が出ている場合、それに従わないときは原則として間接強制(お金による心理的圧力)を認めることができるとしています。
子の引渡しを命じる審判がされた場合、当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない(最高裁平成31年4月26日決定)
2 子どもの強い拒否の意思
しかし今回のケースでは、長男の拒否の態度が非常に明確であり、次のような行動が裁判所で認定されました。
本件子は、荷物を背負ったまま抗告人宅の玄関付近に相手方に背を向けて座り込み、相手方や抗告人から約2時間にわたって相手方と一緒に行くように説得されたにもかかわらず、相手方が抱きかかえようとしても相手方を押しのけたり振り払ったりし、泣きながら拒否し、体調不良を訴えて抗告人の自宅に引きこもった
また別の日には、
本件子は、待ち合わせ場所に相手方がいることがわかり、…相手方のことは全部嫌だ、ずっと怒っているから嫌だ…相手方に抱かれることや相手方のほうを見ることまでも拒否するようになり、泣きながら抗告人宅への帰宅を繰り返し強く求めた
といった言動が確認されています。これらは、子どもが自身の判断能力に基づいて示した明確な拒絶の意思であり、現時点における真意と認められるとしています。
3 母親による履行は困難であること
大阪高裁は、母親が子どもを無理に引き渡すことは、子どもの心身に悪影響を及ぼすおそれがあり、現時点で合理的に取るべき手段を想定することは困難であると判断しました。
現時点において、本件子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ…引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる抗告人の行為を具体的に想定することは困難というべきである
さらに、
本件審判を債務名義とする間接強制決定により…金銭の支払を命じることで心理的に圧迫を加えて…強制することは、過酷な執行として許されない
と述べ、間接強制による引渡しの強制は適切でないとしました。
4 父親の反論に対して
父親は「子どもの拒否は母親の影響によるものだ」と主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
抗告人が…引渡しの具体的方法を提案するよう求めたにもかかわらず、相手方がこれに何ら応じない…抗告人が…ことさらに働きかけているとは認められない
相手方に引き取られれば抗告人と会えなくなるなどの…発言も、本件子が認識している…状況を前提にして自らの考えとして発言した可能性は十分にある
とし、子どもの発言は自発的な意思表明であり、母親の影響と断定することはできないとしました。
5 結論
以上を踏まえ、大阪高裁は次のように結論づけました。
本件申立ては、過酷執行を求めるもので権利の濫用に当たるから、却下を免れない
今回の決定の意義
今回の大阪高裁決定は、家庭裁判所の引渡し命令が出ていたとしても、その後の状況や子どもの意思を無視して一律に間接強制を認めるべきではない、という実務上重要な判断を示したものです。
特に、子ども本人が強く拒否しているという事情があり、また親が誠実に対応している場合にまで、心理的圧力をかけて無理やり引渡しを進めることの妥当性に疑問を呈しています。
今後、似たようなケースで子どもの意思をどう扱うか、そして子の引渡しの執行にどのような手段を用いるべきかについて、さらに議論が深まることが期待されます。
当サイト運営・プロキオン法律事務所では、相談室(渋谷駅徒歩5分・横浜駅徒歩6分)またはオンラインにて、無料相談を実施しています。