
はじめにー民法改正がもたらす離婚後の養育の大きな転換―
2024年5月、離婚後の子どもの養育に関するルールを定めた民法が大きく改正されました。最大の変更点は、これまで離婚後は父母のどちらか一方が単独で親権を持つ「単独親権」のみでしたが、改正法により「共同親権」を選択できるようになることです。
そして、改正後の法律の施行が2026年の春に迫ってきています。
この法改正は、子どもにとって何が一番幸せか(「子の利益」)という観点から、親が離婚しても両親の関わりを維持しやすい環境を整えることを目的としています。しかし、「共同親権」が導入されることで、離婚を考えている方や既に離婚された方々の生活や手続きにどのような影響があるのか、多くの不安や疑問が生じていることでしょう。
本記事では、法務省が公表しているQ&A資料(https://www.moj.go.jp/content/001446352.pdf)に基づき、改正法のポイントと、共同親権時代の新たな養育のあり方を、ていねいに解説します。
1.改正民法の土台となる「親の3つの新しい責務」
改正民法では、離婚後の親権のあり方を定める前提として、親が負うべき基本的な責任が明確にされました(新民法第817条の12)。これは、共同親権か単独親権かにかかわらず、すべての親に課される重要な責務です。
第八百十七条の十二
1 父母は、子の心身の健全な発達を図るため、その子の人格を尊重するとともに、その子の年齢及び発達の程度に配慮してその子を養育しなければならず、かつ、その子が自己と同程度の生活を維持することができるよう扶養しなければならない。
2 (略)
1.子どもの人格尊重義務
親は、子どもに対し、その人格を尊重しなければなりません。これは、子どもを一人の人間として認め、尊重して接する義務です。
2.子どもの最善の利益の考慮義務
親は、子の養育にあたり、常に子の最善の利益を考慮しなければなりません。これは、親権の行使や監護の方針を決定する際の最も重要な指針となります。
3.「生活保持義務」の明確化と存続
親が子に対して負う扶養義務のうち、「親自身と同程度の生活を維持できるように扶養する」という「生活保持義務」が、これまで通り継続することが改めて明確にされました。
この義務は、子どもが経済的に自立できる年齢に達するまで負い続けることが原則です。つまり、親は離婚後も、自身と同水準の生活を子どもに保障できるよう、養育費の支払いを通じて経済的責任を全うする必要があります。したがって、例えば長期間にわたって正当な理由なく養育費を支払わない親は、共同親権を求める際に不利に考慮される可能性が出てきます。
2.離婚後の共同養育を支える「協力義務」
改正法では、離婚後も両親が子どもの養育に責任を持つという考え方から、「父母相互の人格尊重・協力義務」が新設されました(新民法第817条の12)。
これは、離婚によって婚姻関係は解消されても、親としての子どもに対する責任は共同して果たすべきであるということを意味します。
第八百十七条の十二
1 (略)
2 父母は、婚姻関係の有無にかかわらず、子に関する権利の行使又は義務の履行に関し、その子の利益のため、互いに人格を尊重し協力しなければならない。
共同養育の「協力義務」とは?
具体的な協力義務には、次のようなものが含まれます。
子の状況に関する情報共有
子どもが病気になったり、被災したりした際の安否や体調に関する問い合わせに対し、同居親が別居親に応答すること。
重要な事項の合意形成
子どもの進学や転居など、重要な事項については、安易に独断で決定せず、相手方の親と話し合い、協力して意思決定を行う努力をすること。
協力義務違反と判断される可能性のあるケース
一方で、以下のような行為は協力義務に違反する可能性があるとされています。
正当な理由のない無断での子どもの転居
DVや虐待からの避難など、子の安全確保のためのやむを得ない理由がないにもかかわらず、一方の親が無断で子どもを連れて遠方へ転居し、別居親との関わりを断つような行為。
子に関する情報提供の拒否
子どもの重大な病状や安否などに関する別居親からの合理的な問い合わせに、一切応答しないこと。
暴言などによる人格侵害
相手の親に対する度を超えた暴言や中傷、威圧的な言動など、父母相互の人格を尊重しない行為。
ただし、DV(ドメスティック・バイオレンス)や虐待の事実がある場合は、被害を受けた親が加害者の親と協力して養育することは不可能であり、この協力義務は適用されません。子の安全や心身の健康が最優先されます。
3.家庭裁判所が「共同親権か単独親権か」を判断する基準
離婚時に父母間で親権の合意ができない場合や、親権変更の申立てがあった場合、最終的には家庭裁判所が親権のあり方を判断します(新民法第819条第7項)。
第八百十九条
1 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その双方又は一方を親権者と定める。
2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。
3〜6 (略)
7 裁判所は、第二項又は前二項の裁判において、父母の双方を親権者と定めるかその一方を親権者と定めるかを判断するに当たっては、子の利益のため、父母と子との関係、父と母との関係その他一切の事情を考慮しなければならない。この場合において、次の各号のいずれかに該当するときその他の父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、父母の一方を親権者と定めなければならない。
一 父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき。
二 父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動(次項において「暴力等」という。)を受けるおそれの有無、第一項、第三項又は第四項の協議が調わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき。
8 第六項の場合において、家庭裁判所は、父母の協議により定められた親権者を変更することが子の利益のため必要であるか否かを判断するに当たっては、当該協議の経過、その後の事情の変更その他の事情を考慮するものとする。この場合において、当該協議の経過を考慮するに当たっては、父母の一方から他の一方への暴力等の有無、家事事件手続法による調停の有無又は裁判外紛争解決手続(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(平成十六年法律第百五十一号)第一条に規定する裁判外紛争解決手続をいう。)の利用の有無、協議の結果についての公正証書の作成の有無その他の事情をも勘案するものとする。
裁判所は、共同親権と単独親権のどちらを原則とするかを定めているわけではなく、常に「子の利益」に照らして、どちらが子どもにとってより良いかを総合的に判断します。
裁判所が単独親権を定める主なケース
裁判所が、父母双方の意思にかかわらず、単独親権を定めるべきと判断する可能性が高いのは、以下のようなケースです。
(1) 子どもの安全が脅かされるリスクがある場合(第1号)
- 一方の親が、子どもに対して身体的な暴力、心理的な虐待、またはネグレクトなどの行為を行った事実がある、あるいはそのおそれがある場合。
(2) 親の安全が脅かされるリスクがある場合(第2号)
- 一方の親が、他方の親から身体的な暴力や心身に有害な影響を及ぼす言動を受け、それにより子どもにも悪影響が及ぶおそれがある場合。
- 特に、DVや虐待の存在が認められる場合は、原則として共同親権とはせず、子の安全を確保するために単独親権とされます。
(3) 共同での親権行使が困難な場合(第2号)
- 父母間の対立や葛藤が激しく、協力して子の養育や重要な意思決定を行うことが困難であると認められる場合(高葛藤ケース)。
- 例えば、顔を合わせたり、連絡を取り合ったりすることが激しい精神的負担となるような場合や、子どもの前で相手を非難し合うようなケースでは、共同親権は子の利益に反すると判断される可能性があります。
裁判所の判断プロセス
裁判所は、これらの要因を判断するにあたり、当事者である父母の意見はもちろん、子の年齢及び発達の程度に応じて、その意見を十分に考慮します。また、親権変更の申立てについても、単に「共同親権になったが養育費が支払われない」といった理由だけでなく、子の利益の観点から変更が妥当かを総合的に判断します。
4.「共同親権」になった場合の親権の行使方法
離婚後、父母双方を親権者と定めた場合(共同親権の場合)、具体的にどのようなルールで子育てを進めるのでしょうか。
共同親権下での親権行使の方法は、新民法824条の2でまとめられています。
第八百二十四条の二
1 親権は、父母が共同して行う。ただし、次に掲げるときは、その一方が行う。
一 その一方のみが親権者であるとき。
二 他の一方が親権を行うことができないとき。
三 子の利益のため急迫の事情があるとき。
2 父母は、その双方が親権者であるときであっても、前項本文の規定にかかわらず、監護及び教育に関する日常の行為に係る親権の行使を単独ですることができる。
3 特定の事項に係る親権の行使(第一項ただし書又は前項の規定により父母の一方が単独で行うことができるものを除く。)について、父母間に協議が調わない場合であって、子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、父又は母の請求により、当該事項に係る親権の行使を父母の一方が単独ですることができる旨を定めることができる。
重要な事項は「共同行使」が原則
子の養育や財産管理に関する重要な事項については、父母が共同して意思決定を行う必要があります(共同行使の原則)。これは、単独親権のもとでは親権者が単独で行えたことでも、共同親権では原則として両親の合意が必要になることを意味します。
【共同行使が必要とされる主な事項の例】
- 居所の変更 子どもの住居を大きく変更すること(転居)。
- 重要な教育 進学や、進路に関わる重要な決定。
- 重要な医療行為 重大な手術や長期入院などの決定。
例外:単独で判断できるケース
ただし、共同親権下でも、父母の一方が単独で親権を行使できる例外規定があります。
- 子の利益のため急迫の事情があるとき(緊急時) 命に関わる急病や事故など、合意を待っている余裕がない場合。入試結果の発表後、入学手続の期限が迫っているケースもこれに含まれます。
- 相手方に連絡が取れない場合 連絡しても応答がなく、意思決定ができない場合。
日常の行為は「単独行使」が可能
子どもの日常の行為については、同居している親(あるいは面会交流中の親)が単独で親権を行使することができます(新民法第824条の2第2項)。
【日常の行為に含まれる主な事項の例】
- 日々の身の回りの世話(食事、着替え、生活習慣の指導など)。
- 通常の教育活動(宿題の手伝い、習い事の送迎など)。
- 通常の通院や予防接種。
- 短期間の観光目的での旅行。
- 学校の三者面談への参加
- 健康診断の受診。
これらは、日々の養育にいちいち別居親の合意を求めることは同居親の負担となり、子の利益にも反するためです。主に子と同居し、現に監護している親が単独で行使できると解釈されます。面会交流中の親についても同様で、日常の行為については親権を行使できることになります。
まとめー共同親権時代の養育に向けてー

法律事務所
民法改正によって、離婚後の子どもの養育は大きな転換期を迎えます。共同親権の導入は、子の利益のために両親の関わりを必要とするものであり、非常に重要な前進です。
しかし、その裏側では、「共同親権と単独親権のどちらを選ぶか」「共同親権下でどのように協力し、意思決定を行うか」といった、複雑な判断が求められることになるでしょう。特に、DVや高葛藤のケースでは、子の安全を守るため、慎重な判断が必要です。
当事務所では、改正民法の施行を見据えて、離婚協議、調停、審判における親権の指定・変更、面会交流や養育費に関するご相談を承っております。
新しい法律のもとで、不安なくお子さまの最善の利益を実現するための環境を整えるために、ご不安を抱えている方は、ぜひ一度、弁護士に相談いただくと良いと思います。
当サイト運営・プロキオン法律事務所では、相談室(渋谷駅徒歩5分・横浜駅徒歩6分)またはオンラインにて、無料相談を実施しています。





