
プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(離婚に特化した法律事務所として東京と横浜に事務所を構えています。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の離婚調停や裁判に出席しています。
夫側、妻側、それぞれに立場に応じて弁護活動を行っています。
(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)
今回は、現在社会問題になっている、連れ去り別居が、未成年者略取罪(いわゆる「誘拐」)にあたるのか、日本や外国の運用状況も含めて解説します。
1 「実子誘拐」という言葉
昨今、夫婦が別居する際に、他方配偶者に無断で子供を連れ去る「連れ去り別居」が当たり前のように行われています。
巷では、こうした別居については、「実子誘拐」という言葉を使って非難されることが増えました。「誘拐」という言葉は大袈裟ではないかと疑問を持つ方もいらっしゃると思いますが、先進諸国や日本の法令を見ると、必ずしも大袈裟な表現ではないことがわかります。
そこで、連れ去り別居が刑事罰の対象になるのか、まずは先進諸国での運用から解説していきます。手っ取り早く日本の運用を確認されたい場合は、どうぞ「3」からお読みください。
2 先進諸国での運用状況
(1)ドイツの場合
ドイツでは、親の一方が、子供を他方の親から、暴行、脅迫、または策略により引き離した場合、未成年者略取罪が成立するとされています(ドイツ刑法235条)。
つまり、単に子供を連れて別居を試みただけで処罰されることはなく、何らか策略的な対応によりそれが行われた場合に、犯罪として成立します。
ドイツ刑法典
第235条 未成年者の奪取
1 次の行為を行った者は、5年以下の懲役または罰金刑に処される。
(1)暴力、重大な害悪の脅迫、または策略を用いて、18歳未満の者を、
(2)親族でない者が、児童を、
両親、片方の親、後見人または養育者から引き離し、または引き渡さなかった者。
ドイツ刑法235条では、「両親、片方の親、後見人または養育者」から児童を策略により引き離すことを禁止しており、あえて「片方の親」という文言が入れられていることが分かります。
ちなみに、ドイツでは、この条文において、片方の親の面会交流権も保護法益にしていることが判例によって確認されています。したがって、監護親が、もう片方の親に対して、策略により面会交流をさせない場合も、刑事罰の対象となります。
実際の運用では、ある程度抑制的な対応が行われているようですが、法文上はかなり厳しい態度であることが分かります。
(2)フランスの場合
フランスでは、連れ去り別居は犯罪として成立します。ドイツと異なり、「策略」などの追加条件はありません。
フランス刑法典
第227の7条
いかなる直系尊属(親など)であっても、未成年の子を、親権を行使する者、またはその子が託された者、あるいは通常の居住地にいる者の手元から奪う行為は、1年の禁錮刑および15,000ユーロの罰金に処せられる。
第227の9条
第227の5条および第227の7条で定められた行為は、以下の場合、3年の禁錮刑および45,000ユーロの罰金に処せられる:
1 未成年の子が5日以上にわたり拘束され、その居場所を知る権利を持つ者がその所在を知らされない場合。
2 未成年の子が不当にフランス共和国の領土外に拘束されている場合。
実際に、フランス最高裁の2004年5月26日付判決において、妻が、夫と子供と同居していた自宅から子供を連れ出した上、新しい住居を知らせなかったことについて、上記227の9条で有罪が成立しました(Cass.crim.,26 mai 2004, n°03-84.778)。
(3)イギリスの場合
一方、イギリスは、連れ去り別居について、刑法での処罰を抑制しているようです。もっとも、片方の親が子供を海外に連れ去ることに対しては、児童奪取法(Child Abduction Act 1984)により、刑事罰が科されます。
(4)アメリカの場合
アメリカは州ごとに法令が異なりますが、州の中での連れ去りについては軽犯罪とする一方、州の外へ連れ去ることについては、重罪とするところが多いようです。
(子の連れ去りに関する諸外国制度については、深町晋也ほか『親による子の拐取を巡る総合的研究』日本評論社(2023年)が参考になります。)
(5)ハーグ条約
以上を概観すると、欧米先進国間においても、連れ去り別居について、刑法の介入を控えるか、それとも罰するか、その対応は分かれています。一方で、子の連れ去りが国境を跨がる場合は(アメリカの場合は州を跨がる場合)、刑事罰を科する姿勢で一致していることが分かります。
こうした、国境を越える連れ去り別居に関しては、それぞれの国内法で刑事罰が適用されます。一方で、具体的に子供を元の国に戻すためには、ハーグ条約が適用され、外務省が関与する裁判手続により解決が図られます。日本もこのハーグ条約に批准しています。ハーグ条約の概要に関しては、以下の外務省のリンクをご参照ください。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hague/index.html
なお、日本人同士の夫婦の連れ去り別居についても、国境を跨がる場合は、このハーグ条約を適用して、解決を図ることになります。
当サイト運営・プロキオン法律事務所では、相談室(渋谷駅徒歩5分・横浜駅徒歩6分)またはオンラインにて、無料相談を実施しています。
3 日本では処罰されない?
(1)現状では未成年者略取罪は適用されていない
日本国内では、現在の裁判所実務において、メインで子供を監護していた側が子供を連れて別居をすることについては問題視されません。
一方で、監護状況が同等であったり、補助的な監護しかしていなかった側が連れ去り別居を行った場合は、問題になります。
ただ、問題になると言っても、それは、民事上、不法行為(民法709条)に該当したり(慰謝料が発生します。)、監護親の地位の判断や、親権の判断で考慮されるということにとどまります。未成年者略取罪が該当されたケースは現在のところ見当たりません。
(未成年者略取及び誘拐)
刑法第二百二十四条
未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。
未成年者略取罪に関して、最高裁の判例として、平成17年12月6日判決があります。これは、すでに別居中の妻のもとに子供がいるところを、夫が奪取したという事例です。この場合に未成年者略取罪が成立することは認められました。しかし、同居中からの連れ去り別居の場合に、その行為が未成年者略取罪に該当するかどうかは、まだ答えが出ていないのです。
(2)今後、未成年者略取罪に該当する可能性は否定できない
未成年者略取罪の条文上は、同居中からの連れ去り別居を除外する意図は読み取れません。日本の条文は、規定の仕方が抽象的ですので、解釈により司法の運用が大きく変わる可能性は否定できないでしょう。
そして、実際にも、令和5年3月29日に、警察庁から警視庁刑事部長と各道府県警察本部長宛に対して通達が出されました。近年、同居中の配偶者による子供の連れ去り別居に対する訴えが多く出ていることに鑑み、被害届に対しては遺漏なく適切に対応すべき旨が述べられています。
(通達内容については以下のリンクで公開されています。)
https://www.npa.go.jp/laws/notification/keiji/souichi/souichi01/050329souichi33.pdf
このように、日本でも、警察庁が子供の連れ去り別居を問題視し始めていることは事実であり、今後、警察機関による運用が変わる可能性もあります。
(3)今井功最高裁裁判官の補足意見
最後に、最高裁平成17年12月6日判決の今井功裁判官の補足意見をご紹介します。
この判決は、上記の通り、すでに別居している夫婦間で子供の連れ去りがあったケースです。最高裁の判断は、裁判官の多数決によって決まるところ、未成年者略取罪が成立するとするのが多数意見でした。一方で、反対意見もあり、そこでは、家庭内の紛争に刑法は可能な限り入るべきではない、家庭裁判所に対応を任せるべき旨が述べられていました。しかし、今井功裁判官は、補足意見で、反対意見を念頭に、家庭裁判所の役割を重視するからこそ、刑法が介入すべきことを主張しました。
(最高裁平成17年12月6日判決 今井功裁判官補足意見(抜粋))
家庭裁判所は,家庭内の様々な法的紛争を解決するために設けられた専門の裁判所であり,そのための人的,物的施設を備え,家事審判法をはじめとする諸手続も整備されている。したがって,家庭内の法的紛争については,当事者間の話合いによる解決ができないときには,家庭裁判所において解決することが期待されているのである。
ところが,本件事案のように,別居中の夫婦の一方が,相手方の監護の下にある子を相手方の意に反して連れ去り,自らの支配の下に置くことは,たとえそれが子に対する親の情愛から出た行為であるとしても,家庭内の法的紛争を家庭裁判所で解決するのではなく,実力を行使して解決しようとするものであって,家庭裁判所の役割を無視し,家庭裁判所による解決を困難にする行為であるといわざるを得ない。近時,離婚や夫婦関係の調整事件をめぐって,子の親権や監護権を自らのものとしたいとして,子の引渡しを求める事例が増加しているが,本件のような行為が刑事法上許されるとすると,子の監護について,当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与を待たないで,実力を行使して子を自らの支配下に置くという風潮を助長しかねないおそれがある。子の福祉という観点から見ても,一方の親権者の下で平穏に生活している子を実力を行使して自らの支配下に置くことは,子の生活環境を急激に変化させるものであって,これが,子の身体や精神に与える悪影響を軽視することはできないというべきである。
私は,家庭内の法的紛争の解決における家庭裁判所の役割を重視するという点では反対意見と同じ意見を持つが,そのことの故に,反対意見とは逆に,本件のように,別居中の夫婦が他方の監護の下にある子を強制的に連れ去り自分の事実的支配下に置くという略取罪の構成要件に該当するような行為については,たとえそれが親子の情愛から出た行為であるとしても,特段の事情のない限り,違法性を阻却することはない(注:すなわち、有罪とすべき)と考えるものである。
連れ去り別居の問題は、平成17年の最高裁判決後も、抜本的な解決がされないまま、現在に至っています。今後、司法機関がどのように判断・運用を行うようになるのか、引き続き注視する必要があるでしょう。
<まとめ>
子供の連れ去り別居は、、、
☑️日本国内では、現時点では未成年者略取罪にあたるとして有罪になったケースは見当たりません。
☑️一方で、近年、警察庁が問題視しており、警視庁及び道府県警察本部宛に通達をし、被害届に対しては遺漏なく適切に対応すべき旨が述べられています。
☑️先進諸国間でも、連れ去り別居に対して刑事罰を科すかは対応が分かれています(ドイツ、フランスでは刑事罰を科す可能性あり。イギリスは消極的、アメリカは州内では軽犯罪)。一方で、国外への連れ去りについては厳しい態度をとることで一致しています。
☑️日本において、連れ去り別居が未成年者略取罪に該当するかは答えが出ておらず、今後同罪に該当する運用がされる可能性は否定できません。
弁護士のホンネ

今回は、社会問題になって久しい連れ去り別居について、それが未成年者略取罪になるのか、諸外国との比較の視点も含めて解説しました。
連れ去り別居の議論の際に出てくるのが、家庭内で暴力が行われているような事案です。これも無視できない大きな問題ですが、そうした局所的な問題(私自身、そうした問題も取り扱っています。)は、それに特化した対応で解決することが、まずは肝心と言えるでしょう。
離婚問題では、さまざまな立場の方がいらっしゃいます。それぞれの立場に応じつつ、できるだけ関係する方々にとって最善となる解決を図っていただきたいと思います。本記事が少しでもお役に立てましたら幸いです。
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