
プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(横浜で離婚に特化した法律事務所として東京と横浜に事務所を構えています。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の離婚調停や裁判に出席しています。
夫側、妻側、それぞれに立場に応じて弁護活動を行っています。
(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)
男性のDV被害の実情について、最近ニュースで取り上げられたことから、話題になっています。
「妻の暴言「お前はATMだ」 男性のDV被害相談が最多 男女平等意識高まりで顕在化」(産経新聞記事 令和7年2月14日)
https://www.sankei.com/article/20250211-CIWFYQWCDRJQFA3ARYUO26NNTM/
記事では、以下の内容が記載されています。
・DVに関する男性の警察への被害相談が令和5年に過去最多となる2万4686件に達したこと。
・この数字は、5年前の1.5倍、20年前の170倍に上ること。
・男性向けシェルターの整備とその存在の周知が急務であること。
しかし、私たち離婚弁護士は、妻から夫に対するDVやモラハラというのは数多見てきております。なので、ニュースを拝見しても全く驚くことはありません。しかし、社会一般における男性のDV被害の認知度は低いようで、このニュースは、SNSなどでも大変話題になりました。
そこで、今回は、男性のDV・モラハラ被害がいかに深刻であるかを、データを示しながら解説し、実際に私たち弁護士が目にしている被害の内容も紹介します。その上で、なぜ、これまで男性側の被害が目立たなかったのかについて、その原因をお伝えしたいと思います。
1 男性のDV・モラハラ被害の深刻さ
まず、男性の被害の深刻さについては、以下の通りデータから伺えます。
・配偶者からのDV被害状況
まず、こちらの警視庁のHPからの引用データ(https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/about_mpd/jokyo_tokei/kakushu/dv.html)をご覧ください。
(出典:警視庁HP)
警視庁へのDV相談の件数と割合です。相談者のうち、20パーセント以上を男性が占めていることが分かります。これだけ見ると、男性の被害は決して少なくはないが、やはり女性が被害者であることが圧倒的に多いようにも思えます。
しかし、一方で下のデータを見ると、様子が異なることが分かります。
内閣府の男女共同参画局のHP(https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-07-02.html)より引用したものです。
(出典:内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書 令和3年版)
令和2年時点のものですが、配偶者による殺人については、被害者の4割が男性なのに対して、傷害や暴行の件数のうち、男性被害者が占める割合は1割程度と、著しく低いです。この歪な構造は何を示しているのでしょうか?
・男性はあまり人に相談をしない
実は、男性は、妻から暴行や傷害の被害を受けても、第三者に申告したり相談をしようとしない傾向があります。
以下は、同じく、男女共同参画局のデータです。https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r06/zentai/html/zuhyo/zuhyo05-03.html
(出典:内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書 令和6年版)
このデータでは、女性は配偶者から被害を受けた後、60パーセント以上が誰かに相談をしているのに対して、男性は40パーセント未満であることが分かります。
別のデータでは、さらにその差が認められます。NPO法人「OVA」の調査によると、DVを受けた女性の24.5パーセントが身近な人に相談するのに対して、男性は9.9パーセントに止まるというのです。3倍近くの差になります。
(河北新報2022年1月15日付記事 https://kahoku.news/articles/20220114khn000047.html)
先ほどの、殺人件数に占める男性被害者の割合(4割)と、暴行や傷害件数に占める男性被害者の割合(1割)の差を思い出してください。殺人は、被害者の申告の有無にかかわらず、必ず警察が捜査を行います。一方で、暴行や傷害は、被害者が自ら警察署に届け出をしなければ、警察は動きません。
つまり、妻から暴行を受けた男性被害者は、基本的に警察に届け出をしないという実情が見えてきます。だからこそ、警察が必ず捜査をする殺人のみ、男性被害者割合が突出して見えるわけです。NPO法人OVAの調査結果(被害を受けた男性が誰かに相談する割合は女性約3分の1)は、それを強く裏付けるものと言えるでしょう。
結論として、男性被害者は、DV被害やモラハラ被害を誰にも相談をせずに耐え忍んでいる現実が浮かび上がってきます。私たちは離婚問題で男性の相談者からもたくさんの話を聞いていますが、その現場感覚とも一致します。
・男性の自殺率の高さ
男性の場合、その被害の深刻具合は、自殺率の高さにも反映されています。
厚生労働省自殺対策推進室のまとめた「令和5年中における自殺の状況」(https://www.mhlw.go.jp/content/001236073.pdf)で公開されているグラフを見てみましょう。
(出典:厚生労働省HP「令和5年中における自殺の状況」)
このグラフから、長年にわたり、男性の自殺者数が女性と比べて倍以上である状況が分かります。令和5年だと、男性の自殺者数が1万4862人、女性が6975人ですので、男性は2.1倍です。
男性が一般的に、強いストレス下の元で生きていることがうかがえます。
さらに、以下の表も見てみましょう。こちらは、家庭問題を理由に自殺をした人の、さらに細かい理由の内訳になります。
(出典:厚生労働省HP「令和5年中における自殺の状況」)
令和5年で見ると、男性は家庭問題を理由とする自殺が2877人、女性は1831人です。注目すべきはその内訳です。「夫婦関係の不和(DV)」を理由とする自殺が、男性は81人、女性は12人となっており、夫は妻の6.7倍に上っていることが分かります(令和4年だと2.6倍)。「夫婦関係の不和(不倫・浮気)」でも、男性が女性の2.1倍であることも気になります。
要するに、家庭内における配偶者からの被害により、男性は女性に比べて自死を選びやすいという状況にあることが浮かび上がってきます。そのため、夫が妻から受けるDV問題は、より深刻な問題として社会全体で考えなければならない事態と言えるでしょう。
2 離婚事件で実際に存在する男性側の被害内容
では、具体的に夫が妻から受けるDV被害の内容は、どのようなものでしょうか?
家庭内において、夫は働いてお金を稼ぐ役割を担っていることが多いです。一方で、妻は家庭内で強い影響力を持ち、自宅内における部屋やモノの管理、家計の管理、子供の生活の管理を行なっているケースが多いです。それに応じて、以下のようなモラハラやDVが認められます。
夫が妻から受けるDV被害の一例
(暴言・暴行など)
・「お金さえ払っていれば良い」「ATMなんだから」という暴言
・「死ね」「知的障害者」「クズ」などの暴言
・夫の皿やコップ、パソコンなどの所有物を破壊する
・夫が男性であること(自らは反撃されないとの期待)を奇貨として、平手打ち、蹴り、モノを投げるなどの暴行を続ける
・自ら夫への暴行をし、それに対して防衛行為をされた途端に110番通報をして被害申告をする
・必要もないのに夫婦内の問題を職場に連絡して夫の羞恥心を煽る
(居場所の制限)
・リビングへの立ち入り禁止の札を貼る
・夫の生活可能範囲を、一部屋のみに限定する
・住居内に隠しカメラを設置するなどして夫の行動を監視する
・玄関の夫の靴やそのほか夫が使う荷物を、夫が使う部屋に押しやる
(家族内の分断)
・子供に夫の悪口を吹き込み自分の味方をさせ、「家族vs夫」の構造を作る
・リビングの棚にある写真から夫が写っているものだけを除外し、心理的に夫を孤立させる
・夫の食事だけ作らない、夫の洗濯物のみ手をつけない行動をとる
(離婚紛争に向けた対応)
・夫に唾を吐きかけ、夫が激怒したところから録音を開始してDV証拠を作る
・子を連れ去って別居をした上、父と子の面会交流を拒否して親権の獲得を目指す
・不貞行為の存在を隠して離婚を求め、叶わないと分かるや否や別居をした上で婚姻費用の請求をする
以上は、実務上見聞きしたり、裁判例から分かる内容であり、実態のほんの一部です。
しかし、一定の傾向が分かります。それは、妻からのDVの多くは、物理的な打撃ではなく(そういう場合ももちろんありますが)、夫に対して孤立心を生じさせ、自己肯定感を下げさせるものが中心だということです。時に、それは夫を心理的・精神的に極限状態まで追い込みます。
このような心理的な攻撃は、例えば経済的な虐待や暴力的な虐待と異なり、即効的な解決策が乏しいです。そのため、誰にも相談をしない傾向にある男性は、時に自死を選ぶことがあるのです。
3 男性の被害が目立たない原因
このような深刻な男性のDV被害が現に存在するのに、なぜこれまで目立たなかったのでしょうか。
以下のような原因が考えられます。
・そもそも男性は被害申告をしない
一つには、先ほども述べたとおり、そもそも男性は他人に相談をしない傾向が強いことが挙げられるでしょう。そのため、行政のデータベースに、男性の被害の情報が蓄積されていないわけです。
それでも、冒頭の挙げた記事によると、20年前に比べて男性の警察への相談が170倍に至ったというのですから、いかにこれまで男性が被害申告をしてこなかったのか(あるいは警察がカウントしていなかったのか)が想像されます。
・裁判官が男性の被害を重視しない
また、裁判官が男性の被害を軽視しがちなことも挙げられるでしょう。実際、訴訟において、裁判所が妻に対して慰謝料請求を命じるケースは極めて少ないです。
私自身、事件を扱っている中で、裁判官から言われた言葉があります。それは、
「男性側は経済力もありますから、その場から逃れることだって容易のわけです。なので、どうしても女性の場合と違って慰謝料が認められるかどうかに差がつきますね。」
というものでした。
子供がいる場合は、別居は子供とも離れることを意味しますので、男性だからといって簡単に別居を選べるわけではありません。しかし、裁判所がこのような考えを持っていることは事実のようで、実際に、DVを理由に妻に対する慰謝料請求が認められるケースは、極めて稀です。
・婚姻費用の負担があるため、そもそも裁判に持ち込めない
また、男性が、どうしても妻にDVの責任をとってもらいたいと切望しても、構造的に、離婚裁判に持ち込みづらいという現実があります。
というのは、離婚の紛争が本格化して別居になると、給与の高い側は低い側に対して生活費(婚姻費用)を払わなければなりません。多くの場合、支払うのは男性側になります。扶養義務と呼ばれるものですが、これは、いかに婚姻関係が破綻していても、戸籍上婚姻関係にある限り、その責任から免れることはできないとするのが判例です。
プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(横浜で離婚に特化した法律事務所として2015年に設立。翌年東京にも事務所開設。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間2[…]
そうすると、被害を受けた男性が、数年単位にわたる訴訟で勝てたとしても、その慰謝料額は、訴訟をしている期間に妻に対して支払った婚姻費用額で相殺されるどころか、むしろ婚姻費用額の方が高くなってしまうのが通常です。
そのため、被害を受けた男性は、総合的に考えて、裁判でDV被害に基づく慰謝料請求をすることを諦め、早期の解決を優先してしまうのです。いわゆる、泣き寝入りです。
結果として、男性側のDV被害に基づく請求は判決に至らず、男性の被害は公開された裁判データに残りづらくなります。
・裁判官や国会議員も持っている固定観念(ステレオタイプ)
以下の記事にも詳しく述べていますが、男性の被害申告の供述は過小評価されやすいという現実もあります。
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男性は加害者側である可能性が高い、男性の被害はそれほど深刻ではないという感覚は、固定観念、すなわちステレオタイプと言えます。そのことは、上記で示した実際のデータとの乖離からも明らかです。しかし、ステレオタイプは脳のエネルギーを省エネ化するため、脳の機能としては極めて便利です。そのため、プロでも意識しなければ、そうしたステレオタイプに引っ張られています。
裁判官も同様で、これが裁判所の判断に影響を及ぼしている可能性は否定できません。
そしてこのことは、立法府(国会議員)も同様なのです。
平成13年に成立した「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(いわゆる、「配偶者暴力防止法」)では、やはり女性側のDV被害が典型的なケースだとして法律の前文に記載されています。
(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律 前文)
我が国においては、日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ、人権の擁護と男女平等の実現に向けた取組が行われている。
ところが、配偶者からの暴力は、犯罪となる行為をも含む重大な人権侵害であるにもかかわらず、被害者の救済が必ずしも十分に行われてこなかった。また、配偶者からの暴力の被害者は、多くの場合女性であり、経済的自立が困難である女性に対して配偶者が暴力を加えることは、個人の尊厳を害し、男女平等の実現の妨げとなっている。
このような状況を改善し、人権の擁護と男女平等の実現を図るためには、配偶者からの暴力を防止し、被害者を保護するための施策を講ずることが必要である。このことは、女性に対する暴力を根絶しようと努めている国際社会における取組にも沿うものである。
ここに、配偶者からの暴力に係る通報、相談、保護、自立支援等の体制を整備することにより、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護を図るため、この法律を制定する。
この前文を見れば、主に家庭内DVの被害者が女性であることを念頭に法律が作られていることが分かります。
このようなステレオタイプと、それに基づいて築き上げられた社会的な構造が、男性のDV被害を覆い隠す固定観念を再生産しているものと言えるでしょう。
<まとめ>
☑️男性のDV被害の深刻な状況が、産経新聞で取り上げられました。
☑️男性は、妻から暴行や傷害を受けても、誰にも相談しない傾向にあります。
☑️男性は、女性よりも、DV被害により自死を選びやすい傾向にあります。
☑️妻によるDVの内容は、夫を孤立させ、自己肯定感を下げさせるものが多く、時に夫の精神状況を極限状態にまで追い込みます。
☑️夫側は通常、婚姻費用の支払い義務を負うため、訴訟に持ち込んで自らの被害を訴える選択が取れません。そのため、男性のDV被害が裁判例に残りづらいと言えます。
☑️裁判官や国会議員もDV被害は女性のものというステレオタイプを抱いており、それが社会におけるステレオタイプを再生産していることが考えられます。
弁護士のホンネ

産経新聞の記事では、「明るみに出た被害は氷山の一角」と述べられていますが、全くその通りと言わざるを得ません。これまで男性のDV被害が覆われていたことを反省し、社会全体で改善を図っていかなければならないでしょう。
また、そうした被害がこれまで明るみにならなかった原因の一つとして、男性は婚姻費用の負担があるため訴訟に持ち込みづらいという実情を挙げました。これは、本当に切実な問題です。婚姻費用の負担、つまり扶養義務は、婚姻関係破綻後もなお継続させなければならないのか、それとも、貞操義務と同様に、婚姻関係破綻までにとどめるべきではないのか、という議論も必要になるように思います。
今回の記事が、皆様の考え方の一助になりましたら幸いです。
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