
プロキオン法律事務所(https://rikon-procyon.com/)(横浜で離婚に特化した法律事務所として東京と横浜に事務所を構えています。)の代表弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の離婚調停や裁判に出席しています。
夫側、妻側、それぞれに立場に応じて弁護活動を行っています。
(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)
はじめに
夫婦間のトラブルや離婚訴訟において、「夫から暴力を受けた」「夫が子どもに性的虐待を行っていた」と証言する当事者がいる一方で、実際にはそのような事実は確認されず、むしろ他の事情に鑑みれば明らかに虚偽(事実と異なる)という事例が存在します。しかし、重要なのは、そうした証言の中には、必ずしも当事者が「意図的に嘘をついている」とは限らないケースがあるという点です。本人はそれを事実であると信じ込んでおり、結果的に裁判所で真実として供述しているケースがあるのです。
こうした現象は、社会心理学・認知心理学の分野において「虚偽記憶(false memory)」として研究されています。虚偽記憶に関する研究は、1970年代以降、エリザベス・ロフタス博士らによって実証的に勧められてきました。昨今ではfMRI(機能的磁器共鳴画像)を使った脳神経学の知見も重なり(虚偽記憶と真実の記憶が脳内で類似したパターンを示すこともあるそうです。)、解明されている部分が増えています。
そこで、本記事では、離婚問題の当事者が、事実と異なる被害を“本気で”信じ込む心理的背景と、それが裁判に及ぼす影響について、解説します。
虚偽記憶とは何か?
虚偽記憶(false memory)とは、実際には経験していない出来事について、まるでそれを体験したかのように記憶し、確信を持って語ってしまう現象をいいます。特に感情を伴う体験、ストレス状況、または長期間にわたる人間関係の中でこのような記憶が形成されることがあります。
この現象を広く社会に知らしめたのが、アメリカの心理学者エリザベス・ロフタス博士による1970年代以降の研究です。ロフタス博士は、人の記憶は想像以上に不確かであり、他人の言動や後から与えられた情報によって容易に変容し得ること(注:本人は本当だと信じ込んでいる)を、数々の実験を通して明らかにしました。
例えば、ロフタス博士の有名な実験の一つに、交通事故の映像を見た被験者に対して「どのくらいのスピードで車が“ぶつかった”か?」と聞く場合と、「“衝突した”か?」と聞く場合で、報告される推定速度が大きく異なるというものがあります。わずかな言い回しの違いが、記憶内容そのものに影響を与えるのです。
このような実験結果は、離婚問題においても大きな意味を持ちます。というのは、家族間の関係性や感情が複雑に絡み合う離婚問題では、相談をした相手(弁護士、友人、両親、カウンセラーなど)の聞き方一つ一つによって、記憶の「再構成」が起こる可能性があるからです。
例えば、以下のようなステップで虚偽記憶が形成されるケースが考えられます(一例です。)。
②専門家から「それは暴力です」と説明される。
③最初は半信半疑だったが、何度も思い返すうちに記憶が「再構成」される。
④暴力の意味の連想も相まって、最終的に「叩かれた」「殴られた」などの具体的な視覚的イメージが生じ、本人は真実だと信じ込む。
弁護士の経験談
離婚訴訟や親権変更などの審判手続では、手続きの終盤に、当事者の尋問や審問が行われます。そうした場所で、客観的で明らかな資料と完全に食い違うのにも関わらず、涙を流しながら”被害”を訴える当事者に出くわすことがあります。しかし、本人の様子を見るに、どうも演技とは思えず、確かな本気が認められるのです。なぜこうしたことが生じるのだろうか?こうした疑問を元に調査した結果が本記事となります。
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虚偽記憶が生まれる要因
このような虚偽記憶が形成される背景には、さまざまな心理的・社会的な原因が複雑に絡んでいます。以下に代表的な原因を紹介します。
感情的記憶の再構成
人間は体験した事実をそのまま保存しているのではなく、「意味付け」や「解釈」を加えた形で記憶します。特にネガティブな感情(恐怖、不安、怒りなど)を伴う記憶は、より強く印象に残る一方で、再構成されやすい傾向にあります。また、年齢が高くなるほど、記憶を意味付けに頼っていることや、虚偽記憶を生じさせやすい点が報告されています。
たとえば、夫婦げんかの中で大声を発せられた経験が、数年後には「暴力を振るわれた」という記憶として変容することが考えられます。実際に殴られていなくとも、「恐怖を感じた」という感情が強烈であればあるほど、記憶は暴力的な文脈へと書き換えられていく場合があります。
ミスインフォメーション効果
ある出来事の後に提示された情報によって、虚偽記憶が形成される場合があります。これを、認知心理学では、「ミスインフォメーション効果(misinformation effect)」と呼びます。
先ほどあげた、ロフタス博士の交通事故の例は、その典型例といえます。
離婚問題では、たとえば、当事者が、友人や家族、あるいは弁護士や支援団体の人から「それはDVでは?」「虐待にあたるのでは?」と繰り返し言われることで、もともと曖昧だった記憶が、明確な「事実」として構築されてしまうことがあります。
このような影響は、“記憶の汚染”と表現されることもありますが、本人の主観的な確信を強めることになります。
※もちろん、本当にDVや虐待と評価されるべき事象が存在し、本人の麻痺感覚によりそうした被害の重さに気づいていないケースもあります(男性側の被害でもそのパターンは多いです。)。ここで挙げている例はそれとは異なるのでご注意ください。
認知的不協和の解消
認知的不協和とは、自分の信念や行動に矛盾がある状態に対して、人は強い不快感を覚え、それを解消しようとする心理現象です。
たとえば、「この人と結婚したのは正しい選択だった」という思いと、「この人との生活は不幸だった」という現実が矛盾している場合、「夫が悪い人だった(暴力的だった)」というストーリーを構築することで、自分の選択を正当化しようとすることが考えられます。
このようにして、「自分が苦しんだのは、相手のせいだ」という説明が、記憶として定着していくことになります。
ナラティブへの同化
現代社会では、「被害者の声を信じる」ことが重要視される傾向があり、特にDVや性被害に関する証言には慎重かつ同情的な耳が傾けられます。
このような社会的文脈の中で、人は無意識のうちに「被害者ナラティブ(物語)」に自らを当てはめ、自己像を構築することがあります。こうして形成された自己像が、自身の過去の記憶を再構築し、虚偽記憶につながる可能性が指摘されています。
家庭裁判所における供述とその影響
さて、家庭裁判所での供述は、裁判官の心証を大きく左右する場合があります。DVを主張している案件や子の親権をめぐる争いにおいて、「夫から暴力を受けた」「子に対して性的虐待をした」という供述は、重大な影響を及ぼす場合があります。
問題は、供述をしている当事者本人がそれを「真実」だと信じている場合です。そして、これは実際に存在するのです。このような供述は、感情のこもった一貫性のある話として伝えられるため、虚偽であることが見抜きにくくなる場合があります。
この結果、反対の当事者側に不利な判断がなされるなど、極めて深刻な影響が生じる危険があります。
また、家庭裁判所においては、医師の診断書が証拠として扱われることがありますが、それらの前提となる本人の供述が虚偽記憶に基づいていた場合、医師の判断そのものも誤った方向に導かれてしまう危険性があります。
意図的な嘘との違い
念の為にお伝えしておくと、虚偽記憶による証言は、「嘘」とは異なります。虚偽記憶は、本人が無意識のうちに事実とは異なる記憶を形成し、それを信じて語っている状態であり、意図的に相手を陥れようとする「偽証」とは異なります。
そのため、もし虚偽記憶に基づく供述であっても、故意がありませんから、過料の制裁(当事者の場合)を課したり、偽証罪(証人の場合)に問うことはできません。また、道徳的な非難の対象とすべきでもないでしょう。むしろ、精神的サポートや、ケースによってはカウンセリング的な介入が求められる部分と言えます。
とはいえ、だからこそ、それにより相手当事者が不利益を被らないよう、関係者が慎重になる必要があります。
対応策はある?
こうした事例が現に存在するという現実に対して、私たちはどのように対応していくべきでしょうか。
まず必要なのは、家庭裁判所において「記憶の不確かさ」についての科学的知識を共有し、記憶に依存した証言や供述だけで重要な判断を下すことのリスクを再認識することだと思います。特に、実際に現役裁判官を対象とした研修を行うことが望ましいように思います。
また、弁護士の役割も重要と言えます。弁護士は、依頼者の権利を守る役割を担うと同時に、社会的な正義も同時に追求する必要があります。依頼者の発言内容と、他の客観的証拠とをしっかりと整合させ、裁判所を誤った判断に導かないように、慎重に検討する作業が必要と言えるでしょう。とはいえ、弁護士は、依頼者を信じ、その権利を最大限尊重することがまずは求められますので、バランスが求められる難しい舵取りです。
弁護士のホンネ

昨今、さまざまな男女トラブルがニュースになる中で、実際の事実がどうであったかが問われるケースが目立っているように思われます。また、巷の離婚問題においても、DVがあったか無かったかが問われるケースはあります。そうした中、客観的で確実な資料と、涙を流して供述する当事者の供述内容が大きく食い違う場合があります。それに対してどう判断し、対応すべきかが問われることになるのです。今回の記事は、そうした問題に対する問題提起と、対応策を提唱するものになります。
本文で述べた虚偽記憶という現象は、誰にでも起こりうるものかもしれません。特に離婚問題など、感情的に揺さぶられる人間関係が絡む場面では、そのリスクが高まります。離婚や親権争いといった家庭裁判所では、認知心理学などの見地を元に、証言や供述の背後にある心理面を正確に理解するよう努めることで、より公正な判断が可能になるのでしょう。
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