今回紹介する判例は、別居後、夫婦がどちらも自宅に住まなくなった場合、住宅ローンの負担は婚姻費用額に影響しないことを明言した、東京高裁令和6年1月23日決定(ウエストロー・ジャパン掲載)です。
1 住宅ローンの負担
通常、別居後に住宅ローンを負担している場合、生活費においては、特に考慮されないことが原則です。住宅ローンの負担は、資産形成の問題であり、当面の生活費の問題とは切り離すべきだからです。
もっとも、例えば夫が住宅ローンを負担している住居に妻が負担しているようなケースでは、妻の住居関連費として通常かかる金額を控除する取り扱いがなされています。
今回のケースは、上記とも異なり、夫婦のどちらも自宅に住まなくなったというケースでした。そして、その自宅は、妻の両親の土地の上に立っており、借地権が設定されていないものでした。そのため、自宅自体には市場価値がない一方で、妻にとっては価値のある自宅といえます。この自宅を維持するために夫が別居後も住宅ローンを払っている場合でも、婚姻費用には影響がないのか問題となりました。
原審である水戸家裁土浦支部令和5年5月15日決定は、夫が負担した住宅ローン額を、妻に対する婚姻費用の既払いとみなしました。
2 原審(水戸家庭裁判所土浦支部令和5年5月15日決定)の判断
原審の判断は以下の通りです。
ア 住宅ローン
前記1(5)のとおり、相手方は、自宅建物の住宅ローンの主債務者となっており、令和4年8月分の住宅ローン月額8万1644円を負担しており、同月分の住宅ローン既払額は、婚姻費用の既払額として考慮するのが相当である。
すなわち、前記1(5)のとおり、自宅建物は、共有持分こそ、相手方と申立人の各2分の1の共有となっているものの、その敷地は申立人の両親が各2分の1で共有しており、しかも、自宅建物とその敷地は、住宅ローンの共同担保に供されている。
そして、敷地の所有者である申立人の両親との間に地代の発生はなく、自宅建物には使用貸借権しかなく、借地借家法の保護もない。したがって、相手方としては、自宅建物の住宅ローンを支払っても、借地借家法の保護のない敷地利用権のついた自宅建物の2分の1の共有持分しか取得できない。申立人の両親は、娘である申立人が本件建物の共有持分2分の1を有しているからこそ、自宅建物の敷地として使用貸借をしているところであり、申立人以外の第三者が敷地利用権を承継できる可能性は低い。また、一般に不動産市場においては、建物の共有持分2分の1のみでも市場性は低いが、本件の自宅建物のように敷地利用権も承継できる可能性が低い場合には、相手方の自宅建物の共有持分2分の1には資産価値がほとんどないといえる。
他方で、自宅建物の敷地を共有している申立人の両親が、実の娘である申立人に自宅建物の敷地としての使用貸借を許容し続けるのは明らかであり、申立人にとって、自宅建物の住宅ローンを支払続けることは、資産形成になるといえる。また自宅建物の敷地には自宅建物の住宅ローンの共同担保が設定されているため、自宅建物の住宅ローンを返済することは、担保提供した自宅建物の敷地の所有権を保全するという意味で申立人の両親の資産の維持にもつながっている。
そうすると、自宅建物の住宅ローンは本来、申立人において負担すべきものといえる。したがって、令和4年8月分の住宅ローンの支払額(8万1644円)については、全額婚姻費用の既払額と解するのが相当である。
すなわち、水戸家裁土浦支部は、夫も妻も住んでいない住宅は、妻の両親の土地の上にあるところ、地代が発生していないため、市場価値のない住宅であることを重視しました。この住宅は、夫にとっては価値がない一方で、妻は今後住み続けることができるものであるため、夫が負担した住宅ローンは、本来妻が負担すべきものだったとしたのです。
これ自体は非常に論理的です。
しかし、上級審である東京高裁は、この問題は、生活費の問題の中で検討すべきものではないとして、住宅ローンの負担を考慮することを認めませんでした。
3 東京高裁令和6年1月23日決定
東京高裁の決定内容は以下の通りです。
ア 住宅ローン
前記1(5)のとおり、原審相手方は、自宅建物の住宅ローンの主債務者となっており、令和4年8月まで住宅ローン月額8万1644円を支払っていた。
しかしながら、当事者双方が別居し、しかも自宅建物が当事者のいずれの自宅としても使用されなくなった後は、自宅建物の住宅ローンは、当事者のいずれにとっても、住居を確保するための費用としての性質を失ったというべきであるから、婚姻費用に含まれるとはいえない。したがって、別居後に当事者双方がした住宅ローンの支払は、原審相手方による令和4年8月分の支払も含めて、資産形成のための費用の負担として、将来の財産分与において斟酌するのが相当であって、原審相手方が支払った令和4年8月分の住宅ローン8万1644円を、原審相手方の婚姻費用の既払額として考慮することは相当ではない。
つまり、東京高裁は、原審の述べた問題点(市場価値がないが、妻にとっては価値がある住宅のローンを夫が払ったこと)に関しては、将来の財産分与の中で考慮すべき問題であり、生活費の問題である婚姻費用手続の中で考慮すべきでないというものです。
もっとも、東京高裁は、原審の問題意識自体を否定したものではないことには注意が必要でしょう。
4 本決定の意義
今回の東京高裁の決定は、住宅ローンの負担にまつわる問題が、原則として財産分与で解決されるべきものであり、婚姻費用手続で考慮されるべきでないことを改めて示したという点で、意義があると言えるでしょう。
なお、この東京高裁決定は、妻のモラハラによる有責性を認め、有責配偶者からの婚姻費用請求として、妻の生活費分に関する婚姻費用を制限した例としても注目されています。具体的な解説は以下に載せてますので、ご興味があればご覧ください。
今回ご紹介する裁判例は、妻のいわゆるモラルハラスメント行為が別居ないし婚姻関係の破綻の原因であり、そのため、妻による婚姻費用請求は、妻の生活費分については認められないとした東京高裁令和6年1月23日決定(ウエストロー・ジャパン搭載)です。[…]