今回ご紹介する裁判例は、妻のいわゆるモラルハラスメント行為が別居ないし婚姻関係の破綻の原因であり、そのため、妻による婚姻費用請求は、妻の生活費分については認められないとした東京高裁令和6年1月23日決定(ウエストロー・ジャパン搭載)です。
1 有責配偶者による婚姻費用請求は一部認められないとする運用が定着
まず、前提として、別居または婚姻関係破綻の主原因を作った配偶者による婚姻費用請求は、子供の養育費部分を除いて認められないとする運用が定着しています。
(大阪高裁平成28年3月17日決定)
夫婦は,互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は,夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが,別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は,信義則あるいは権利濫用の見地からして,子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。
(東京家裁平成20年7月31日決定)
別居の原因は主として申立人である妻の不貞行為にあるというべきところ,申立人は別居を強行し別居生活が継続しているのであって,このような場合にあっては,申立人は,自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず,ただ同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるものと解するのが相当である。
2 今回の東京高裁の決定内容
このように、権利濫用理論により配偶者の婚姻費用請求が制限される場合があるわけですが、通常、こうした権利濫用理論が適用されるのは、妻の不貞があるケースです。
不貞行為は証拠として明確化されやすく、また、貞操義務違反は別居や婚姻関係の破綻の理由になるものとして明らかなため、当面の生活費を早期に決定することを使命とする婚姻費用審判の審理になじむからです。
しかしながら、今回の東京高裁決定の事案は、妻の不貞はなく、妻の行動がいわゆるモラルハラスメントの部類に含まれるものでした。モラルハラスメントのような行動は、それが本当に存在するのか、不貞行為と異なり必ずしも証拠として明確化するものではありません。また、事実が存在したとしても、それが婚姻関係の破綻の主原因なのかどうかを認定することは容易ではありません。
ところが、今回の東京高裁は、こうしたモラルハラスメントの事実を前提として、婚姻費用の請求を制限したのです。その点が注目される部分です。
妻のモラルハラスメント行為を認定し、婚姻費用を制限した東京高裁の決定内容は、以下の通りです。
(東京高裁令和6年1月23日決定)
・・・原審申立人は、①原審相手方との同居期間中、感情的になって、原審相手方に対し、怒鳴りつけたり、叩くなどの暴力を振るったりすることがあったこと、②原審申立人は、二男を妊娠中であった令和4年2月頃以降、このような言動が一層激しくなり、勤務先の原審相手方に電話をし、原審相手方が電話に出ないと、激高して原審相手方を電話口で激しく詰り、慰謝料を支払うよう迫ったり、妊娠中の子を中絶する旨の発言や、原審相手方の書斎の物を全部捨てる旨の発言をしたりしたこと、③同年5月25日には、原審相手方が、約束通り同日午前中に原審申立人に電話をしなかったことに激高して、勤務先の原審相手方に電話をし、原審相手方が午前中に原審申立人に電話をしなかったことや、同月22日にAを叩いたことなどを責め、原審相手方は逮捕される、今すぐ市長に報告する、職場に乗り込むこともできる、妊娠中の子を堕ろすなどと、原審相手方を脅かす内容の発言をするとともに、原審相手方に対し、LINEで、切断された家族の写真の画像や、保険証、長男の母子健康手帳等も切断する旨のメッセージを送信したこと、④そこで、原審相手方は、つくば中央警察署に相談し、一方、原審申立人も同警察署に相談したため、同警察署の警察官の指導により別居するに至ったことが認められる。
上記認定に係る経緯に照らせば、原審申立人及び原審相手方が令和4年5月25日に別居するに至った主な原因は、原審申立人の原審相手方に対する同年2月頃以降の暴言等、特に、原審相手方が勤務時間中に職場にいるにもかかわらず、原審相手方が電話に出ないことなどに激高して、電話口で原審相手方を理不尽に責め、怒鳴り、A及び長男の写真を切断した画像をLINEで原審相手方に送信するなどの非常識な言動に及んだことにあったものと認められるから、原審申立人は、別居について主として責任のある配偶者であるというべきである。
したがって、原審申立人が、原審相手方に対し、自らの生活費について婚姻費用の分担を求めることは、信義則に反し又は権利の濫用に当たるものとして許されないと解するのが相当である。
上記①〜④に挙げられた妻側の問題行動は、一見しても極めて非常識であり、当該妻による婚姻費用の請求が信義則に反しまたは権利の濫用にあたるとした決定は、十分に納得できるものと言えるでしょう。
3 今回の東京高裁決定の意義
一般的に、不貞以外の場合、有責配偶者性を判断しづらいという傾向があります。
そのため、裁判所の婚姻費用審判では、妻に不貞がある場合でない限りは、妻が有責配偶者かどうかを審理するのに時間がかかるため、とりあえず婚姻費用請求を満額認めるという扱いを行うのが一般的です。妻の有責配偶者性については、離婚訴訟で解決されるべきものだとするわけです。
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プロキオン法律事務所の弁護士の青木です。離婚や男女問題に特化した弁護士として、年間200回以上の調停や裁判に出席しています。(弁護士 青木亮祐 /プロキオン法律事務所 代表弁護士)妻が勝手に家出をして帰っ[…]
しかし、今回の東京高裁(並びに原審の水戸家裁土浦支部令和5年5月15日決定)は、妻の有責配偶者性について、相当に踏み込んで審理をした上で、モラルハラスメント行為を認め、別居の主たる原因が妻の非常識な行動にあるため、妻の請求は権利の濫用であるとしました。
おそらく、今回の事案では、録音やラインの記録など、妻のモラルハラスメントを証明するための証拠として有力なものが豊富に存在したのだと思われます。そうでなければ、妻の有責配偶者性は、「離婚訴訟で審理すべき問題」という裁判所のお決まりの文言で回避され、婚姻費用は満額認められていたはずです。
今回の東京高裁決定は、婚姻費用を請求する側の行動が、モラルハラスメントの部類に属する場合であっても、有力な証拠によりその事実が認められる場合は、有責配偶者による権利濫用の理論によって婚姻費用の請求を制限できることを認めた事例として、重要な先例価値をもつものと言えるでしょう。