離婚届を勝手に提出したことによる慰謝料額は?東京地裁令和4年3月28日判決

今回ご紹介する東京地方裁判所の判決(令和4年3月28日)は、夫による離婚届の勝手な提出面会交流の拒否による慰謝料請求、そして夫婦間で行われたとされる贈与の法的評価(固有財産か共有財産か)が争われた事案です。この判決は、離婚意思の重要性親権侵害の判断基準、そして夫婦間における財産関係の解釈について、具体的な指針を示すものとして注目されます。

事案の概要:夫婦関係の破綻と一方的な離婚届提出

本件の原告(妻)と被告(夫)は、2009年8月8日に婚姻し、2人の子ども(長女:2013年生まれ、長男:2014年生まれ)をもうけました。家族4人はマンションで暮らしていましたが、2017年9月17日、被告(夫)が子どもたちを連れて自宅を出て以降、別居状態となりました。

別居からわずか3日後の2017年9月20日、被告は子どもたちの親権者を自身と定める形で、協議離婚届を提出しました(原告も署名押印したものであり、偽造ではないことに注意が必要です。)。しかし、この離婚届の有効性を巡り、原告は同年11月15日に協議離婚無効確認調停を申し立て、調停不成立後には訴訟を提起しました。その結果、2019年3月27日にはさいたま家庭裁判所越谷支部が、同年9月18日には東京高等裁判所が、本件離婚の届出がされた時点で原告に離婚の意思がなかったとして、本件離婚を無効とする判決を言い渡し、この判決は同年10月5日に確定しました。

離婚の無効が確定したにもかかわらず、原告と子どもたちの面会交流は円滑に進まず、被告による妨害があったと原告は主張しました。また、原告は、被告から贈与されたとする高額なバッグの返還も求めていました。

原告の請求と被告の反論

原告は、被告に対し、以下の請求を行いました。

1.不法行為に基づく損害賠償請求

  • 慰謝料800万円 および 弁護士費用150万円
  • 主張の根拠:
    • 原告に離婚意思がないのに、被告が無効な離婚届を提出し、それに伴い子どもたちを連れ去ったこと。
    • 離婚無効確認判決が確定し、原告が子らの親権者であることが確認されたにもかかわらず、被告が原告と子どもたちの面会交流を妨害したこと。
    • これらの行為により、原告は多大な精神的苦痛(特に、不妊治療を経て授かった子どもたちとの関係を断絶されたこと)を被り、また無効な離婚届への対応や面会交流調停等にかかる弁護士費用の支出を余儀なくされたと主張しました。

2.所有権に基づく動産(バッグ)の返還請求

  • バッグの引渡し
  • 主張の根拠:
    • 本件バッグは原告の誕生日プレゼントとして被告から贈与されたものであり、原告の固有財産であると主張しました。

これに対し、被告は以下のように反論しました。

  • 損害賠償請求について:
    • 原告が自ら離婚届に署名押印し、提出までの間に離婚意思を撤回する連絡もなかったため、被告は原告が離婚意思を有していると信じて届出をしたものであり、過失はないと主張。
    • 面会交流については、原告の不適切な行動に翻弄されながらも、実現のために尽力しており、不法行為は成立しないと反論。
    • 仮に過失が認められるとしても、原告が離婚届を放置したことや、虚偽の事実を主張して紛争を長期化・複雑化させたとして、原告側の過失相殺を主張しました。
  • バッグ返還請求について:
    • 本件バッグは夫婦共有財産であり、被告にも占有権原があると反論しました。

裁判所の詳細な判断

裁判所は、当事者の主張と提出された証拠に基づき、詳細な事実認定と法的判断を行いました。

1.損害賠償請求について

(1) 本件離婚の届出に関する判断

裁判所は、原告が離婚届に署名押印した経緯を詳しく認定しました。

「原告が、被告との間で事後の具体的な生活についての話し合いもせずに、離婚届用紙に署名押印したのは、当日の口論の勢いの赴くままに激情に駆られてのことであったと考えられ、このことは、離婚無効確認訴訟の控訴審判決(甲3)においても指摘されているところである。」

さらに、翌日の電話で原告が被告に「早く帰ってくるように」と発言していたことから、

「被告において原告に離婚の意思がないことに気付く契機は与えられていたというべきであり、そうであるにもかかわらず、原告の真意を確認することなく本件離婚の届出をしたのであるから、被告には無効な本件離婚の届出をしたことについて過失があるというべきである。」

と結論づけました。

そして、この無効な離婚によって、

「被告が子らを原告の下から連れ去ったこともまた法的な根拠を失うことになるから、被告は、上記の過失により、原告の妻としての地位を不安定な状態におくことによってこれを侵害したのみならず、原告の子らに対する親権をも侵害したものということができる。したがって、被告は、原告に対し、これらの権利侵害によって原告の被った損害を賠償する責任を負うというべきである。」

と述べ、被告の不法行為責任を認めました。

(2) 面会交流に関する判断

一方で、面会交流については、異なる判断が示されました。裁判所は、原告と被告の間で面会交流の実現に向けた様々な試み(第三者機関の利用、電話やスカイプによる交流など)があったことを認定しました。その過程で、原告が長女の学校に赴いたり、子どもたちの発言を基に警察に通報したりするなど、一部の行動が事態を複雑化させた側面があることも指摘されました。

最終的に裁判所は、

「原告と子らとの面会交流の経緯に関する上記事実関係によれば、原告と被告との別居状態を所与のものとした場合、被告が原告と子らとの面会交流を違法に妨げたとは認められない。この点に関しては、上記のとおり、面会交流審判においても、いずれの当事者が悪いというものではないと判断されているところである。」

と述べ、被告が面会交流を不法に妨げたとは認められないと判断しました。

(3) 損害額と過失相殺

裁判所は、被告による子どもたちの連れ去り行為および無効な離婚届提出行為により原告が精神的苦痛を受けたことを認め、慰謝料として200万円が相当であると判断しました。また、原告がこれらの行為に対処するために支出した弁護士費用93万8000円も、被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めました。

しかし、裁判所は原告にも過失があったと認定しました

「原告にも、離婚届用紙に署名押印して被告に交付した過失及び自宅を出た被告と連絡がとれたにもかかわらず離婚意思のないことを明確に伝えなかった過失が認められるから、これらを考慮して50%の過失相殺を施すのが相当であり、その結果、上記の損害の合計は、146万9000円となる。」

として、50%の過失相殺を適用しました。

最終的に、本件訴訟の弁護士費用として14万6900円を加え、損害の合計は161万5900円となりました。

2.バッグ返還請求について

本件バッグは、被告が2013年4月9日に111万3000円で購入したものでした。被告は当時、年間1300万円から1700万円程度の年収があり、経済的に裕福であったことが認められました。

裁判所は、以下の事実認定を行いました。

「原告は本件バッグを自己の誕生日のプレゼントと認識し、被告も本件バッグを原告へのプレゼントと認識して原告が本件バッグを使用することを期待していたことが認められる。」

この事実関係に基づき、

「本件バッグは被告ほどの収入のある者にとっては妻への贈り物として不相当に高額なものであるとはいえず、原告と被告とが一致してこれを被告から原告へのプレゼントと認識しているのであるから、本件バックは、原告が被告から贈与を受けて所有する原告の固有財産であると認めるのが相当である。」

と判断し、本件バッグが原告の固有財産であることを認め、被告にその引渡しを命じました。

判決の結論と意義

東京地方裁判所は、以上の判断に基づき、以下の主文を言い渡しました。

  1. 被告は、原告に対し、161万5900円及びこれに対する遅延損害金を支払え。
  2. 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の動産(バッグ)を引き渡せ
  3. 原告のその余の請求を棄却する。

この判決は、夫婦間の離婚意思の確認が形式的な書類だけでなく、当事者の真意や当時の状況を総合的に考慮して判断されることを改めて示したものです。特に、衝動的な署名押印であっても、その後の対応次第で離婚が無効となり、勝手に離婚届を提出することで不法行為になりうる点は、離婚手続きを進める上で重要な教訓となります。

また、子どもが絡む面会交流においては、当事者双方の協力が不可欠であり、一方的な主張や行動が円滑な交流を妨げることがあること、そしてその原因が必ずしも一方にのみあるとは限らないことが示されました。

さらに、夫婦間での高額な贈与についても、贈与の事実と当事者の認識、贈与する側の経済力などを総合的に考慮して、それが個人の固有財産となるか共有財産となるかが判断されることが明らかになりました。

この判決は、夫婦間の紛争解決において、個々の行為だけでなく、その背景にある感情や経緯、そして当事者双方の責任の度合いを多角的に検証したものとして、先例としての価値があると言えるでしょう。

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