今回紹介する裁判例は、婚姻費用事件で、妻の生活保護費を収入と評価することはできないとした、東京高裁令和4年2月4日決定(判タ1508号120頁)です。
1 事案の概要
本件は、子らを連れて別居した妻が、夫に対し、婚姻費用の分担を求めた事案です。
妻が働いておらず、生活保護の受給を受けていることから、妻の収入をどう捉えるかが争われました。
原審(さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日決定)は、婚姻費用分担額を算定するに当たり、妻が受給している生活保護費については、生活保護法の趣旨に鑑み、妻の収入と評価することはできないとし、婚姻費用として月額13万円の支払等を命じました。
これについて、夫は、①生活保護費は税金により賄われる生活費の支払であり、就労先の代わりに税金から支給される収入として扱われるべきであること、②妻は、調停及び審判手続において、心身ともに就労可能な状態に回復しており就労能力がある旨主張していたこと、③審判移行後に1か月間就労した実績があること、④就労能力がないことを示す客観的な証拠が提出されていないことなどから、妻は賃金センサスによる平均賃金(年額388万円)を得る潜在的稼働能力があると述べて、東京高等裁判所に抗告をしました。
2 東京高裁(令和4年2月4日決定)の判断について
東京高裁は、これについて、以下の理由で夫の抗告を棄却しました。
まず、生活保護については、以下のように述べています。
(東京高裁令和4年2月4日決定 判タ1508号120頁)
生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われ、民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべて生活保護法による保護に優先して行われるものとされていること(生活保護法4条1項,2項)に鑑みると、妻及び子らの生活を維持するための費用は、まずは妻及び子らに対して民法上扶養義務を負う抗告人による婚姻費用の分担によって賄われるべきであり、生活保護費を妻の収入と評価することはできない
また、妻の潜在的稼働能力については、「妻の病歴や障害等級,就労実績、医師の見解、現在の状況等に鑑みると、当面は就労することが困難であるとして、潜在的稼働能力を認められない」と判断をしました。
3 判断の理由について
まず、婚姻費用の算定に当たっては、双方の総収入を認定する必要があるため、妻が生活保護により受け取っている収入をこれに含めるかが問題となります。
さて、生活保護については、自らの資産や他の全て法律の保護によっても、最低限の生活を営めないときに適用されるという性質があります。このような生活保護の性質に鑑みると、婚姻費用分担額の算定に当たって、生活保護費を権利者の総収入に含めるべきでなく、義務者による扶養義務の履行が優先される(まずは義務者が生活費を負担すべき)と考えることができます。
そのため、本決定も、妻が受給している生活保護費を妻の収入と評価することはできないと判断しました。
また、総収入の認定は実収入によるのが原則とされていますが、就労が制限される客観的・合理的事情がないのに、敢えて稼働しないなどの場合もあります。そのような、実収入をもとに算定することが公平の観点から許されないような場合には、潜在的稼働能力をもとに実収入を擬制するのが通例です。
しかし、本決定では、妻の病歴や障害等級、就労実績、医師の見解、現在の状況等を検討した上で、妻は少なくとも当面は就労することが困難であるとして、潜在的稼働能力があるとは認められないと判断しました。
したがって、妻の受給している生活保護費は、妻の収入に含めず、さらに潜在的稼働能力もないため、婚姻費用算定における妻の収入は0円として判断されました。
4 本決定の意義
本決定では、まず生活保護費については婚姻費用算定においては、収入にカウントされないという判断に意義があると言えます。
一方で、妻側の現在の様々な事情を検討した上で、妻側が現在働ける状況にあれば、その場合には潜在的稼動能力ありとして、収入を擬制する場合がありうるという判断がされたことも見過ごせません。
したがって、権利者が生活保護を受給していたとしても、婚姻費用の算定において必ず収入を0として判断するのではなく、その時点での権利者の事情を検討し、潜在的稼動能力の有無についても判断するという枠組みを示したという点で、本決定は意義があるといえるでしょう。