1 事案の概要
今回紹介する判例は、離婚した夫婦の元妻が、元夫に対して財産分与を求める調停を申し立てた事案です。特に、元妻名義の預金について、夫婦が協力して得た財産であると認められるかが争いとなりました。
というのは、元夫の父がA社の代表取締役であり、元夫の母がB社の代表取締役であったところ、元妻は、婚姻後、A社の従業員という立場にあり、さらにA社及びB社の取締役としても登記されていました。しかし、実際に元妻が従業員や取締役として稼働していない時期もありました。そして、元妻に給与等の名目で支払われていた収入は、実際には元夫の父が管理する、元妻名義の預金にプールされていました。また、そのほか生活支援の趣旨での父母からの入金もありました。
そのため、元夫の父が管理していた元妻名義の預金は、名義上は元妻のものであるとしても、実質的には元夫の父と母の特有財産であり、共有財産ではないのではないかが争われたのです。
2 原審(千葉家裁佐倉支部令和3年8月31日決定)
原審は、元妻の名義となっている預金を、当然のように財産分与の対象財産(つまり、共有財産)と認定したため、これを不服とする元夫が即時抗告をしました。
元夫は、抗告理由として、元妻名義の本件預金は、元夫の父が、夫婦の将来のために自分で管理する元妻名義の口座に入金していたものであるから、父の財産であると主張しました。
3 高裁(東京高裁令和3年12月24日決定)の判断について
東京高裁は、元妻は、実際に数年間A社の従業員として稼働していたこと、A社及びB社の登記された取締役の地位にあり、本件預金中に元妻の稼働実態がないのに支払われた取締役報酬が含まれていたとしても、元夫の父母が夫婦の生活支援として元妻名義の口座に入金していたものといえると判断しました。
そのため、本件預金は、夫婦共有財産として財産分与の対象財産と認められると判断されました。
(東京高裁令和3年12月24日決定 判タ1501号94頁)
抗告人は,同預金は父母の特有財産であって財産分与の対象ではない旨を主張するので検討するに,本件記録(乙8の2等)及び手続の全趣旨によれば,同預金の口座(相手方口座)は,父が相手方名義で開設し,役員報酬等の名目で金員を振り込んでいたもので,相手方口座の通帳及び届出印は父が管理しているものであることが認められるが,相手方は,抗告人との婚姻後,少なくとも5年程度の期間,実際にD株式会社の従業員として稼働し,そのほか本件各会社の取締役として登記がされていたことが認められるから,相手方口座には相手方に支払われる給与又は取締役報酬が振り込まれていたものというべきであり,たとえこれらの収入の中に相手方(注:元妻のこと)の稼働実態がないのに支払われた部分が含まれていたとしても,父が抗告人及び相手方の生活支援として相手方の口座に振り込みを行っていたものと推認される(なお,相手方は,稼働実態の存在及び程度について具体的な反論をしておらず,これを的確に認定できる資料も提出されていない。)。
そうであるとすれば,相手方口座に入金されていた同預金は,相手方の従業員又は取締役としての地位に基づいて支払われたものであるか,抗告人の父が相手方及び抗告人の生活の支援のために贈与等をしていたものというべきものであるから,通帳及び届出印を父が管理していたものであったとしても,預金自体は,実質的には夫婦の共有財産として財産分与の対象とすべき財産であるというほかはない。
その一方で、東京高裁は、本件預金のほか、元夫名義の複数の不動産は、父母が夫婦を支援するという目的をもって夫婦名義で取得した財産が相当額含まれており、こうした財産のすべてが夫婦の協力によって得たものとはいい難いとして、当該事情を上記「一切の事情」として考慮するのが財産分与における当事者の衡平を図る上で必要かつ合理的であると判断しました。
具体的には、以下のように判断しました。
(続き)
当審一覧表の相手方名義及び抗告人名義の各財産の形成においては,父母が代表取締役として実質的に決定することができる本件各会社の給与又は取締役報酬が振り込まれた預金のほか,抗告人が父母と相談して父母の資金提供を受けて形成した財産が多くを占めていることが認められる一方で,相手方(注:元妻のこと)はこれらの資産形成の経緯や抗告人の負担額の有無及び内容について十分に認識していないことがうかがわれるだけでなく,自己名義の財産についても,記憶にないものや,父が管理していてその内容を把握していないものがあることが認められる。そして,このことは,上記5において財産分与の対象財産と認められた財産についても同様であり,相手方は,財産番号1の相手方口座の預金について,本件各会社の従業員及び取締役として稼働実態がない旨の抗告人の主張に対し,具体的な反論も資料も提出していない。そうすると,以上から認められる本件における夫婦の財産形成及び財産管理の実情を総合すれば,本件における財産分与対象財産(夫婦の協力によって得た財産)の額には,抗告人の父母による支援の結果として形成された,夫婦の協力によって得たものとはいい難い財産が相当額含まれていることが認められる(実際に,抗告人の父が管理していた相手方名義の財産番号1の預金額だけでも,その額は約1800万円になる。)。そうである以上,相手方が求める本件の財産分与の判断においては,このような事情を「一切の事情」として考慮するのが,財産分与における当事者の衡平を図る上で必要かつ合理的であると認められる
結果として、東京高裁は、計算上の財産分与額3099万円から、約300万円を差し引いた2800万円を財産分与額として確定させる形で、一定の調整を行いました。
4 今回の高裁判断のポイント
実社会においては、本件の事案のように、当事者の両親が、事業の後継者となる子に対する財産承継や、夫婦の生活支援のために、資金を拠出し、夫婦名義で財産を形成している事案は少なくないといえます。
このような場合は、夫婦の生活の援助等を目的とした夫婦に対する贈与であるとして、夫婦一方の特有財産ではなく、夫婦の共有財産に属すると判断される場合があります。そして、今回の高裁決定は、まさにそのように判断しました。
もっとも、もし元夫の父母の資金提供先が、元妻ではなく、元夫名義の預金であったならば、元夫の特有財産と扱われていた可能性はあるでしょう。元夫の父母が、元妻名義の口座にあえて入金していたことを高裁は重視したものと思われます。
また、本決定は、当該財産部分が共有財産になるとしても、元夫の父母による支援の結果として形成された、夫婦の協力によって得たものとはいい難い財産が相当額含まれているとも認めました。
そして、このような事情を、財産分与において考慮すべき「一切の事情」(民法768条3項)として、考慮することが相当であるとしたわけです。その結果、算出された財産分与額を相当程度減額することで(本件では300万円程度の減額)、柔軟な解決を図っています。
実務において、類似の事案は多くあろうかと思います。今回の決定が、今後の類似事案において指針になると言えるでしょう。
<参考>
民法第七百六十八条
1 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。