今回ご紹介する判決は、妻が自宅をでて別居を試みた際に、子供を連れて別居をした行為(いわゆる「連れ去り別居」)は悪質とはいえず、妻は有責配偶者には該当しないとした福岡高裁令和4年7月15日判決(ウエストロー・ジャパン搭載)です。
1 現在の家庭裁判所の運用
現在の家庭裁判所の運用では、別居をする際に、子供の面倒を主として見てきた側が子供を連れて出ていくことは違法ではないとされています。
そのため、家庭裁判所の実務では、子供の連れ去りが違法かどうかは、以下の手順で考えていると言えます。
つまり、
①別居をすること自体に問題はないかどうか
②子供を連れて出て行った側の配偶者が、これまで主として子供の面倒を見ていたかどうか
という手順です。
今回の福岡高裁も、それに沿った形で、子供を連れて別居を行うことの是非を判断しました。
2 福岡高裁の判断
まず、福岡高裁は、①別居をすること自体に問題はないかという点について、以下の通り述べ、別居までの間に夫婦関係が悪化していた点を指摘します。
(福岡高裁令和4年7月15日判決 ウエストロー・ジャパン搭載)
被控訴人(注:妻のこと)は、家事や育児への控訴人の協力が十分でないことや姑である控訴人(注:夫のこと)の母との関係に悩んでおり、平成30年8月初旬、長女の誕生日祝いに参加することを希望した控訴人の母への対応を巡って口論となり、その際、離婚の意思を控訴人に伝えるまでの状況に至っていたのに、控訴人は、同月14日、控訴人の母が立ち会う形で被控訴人と協議したこと、この協議において、被控訴人は、控訴人がその母の肩を持つ一方で被控訴人への気遣いがないと感じており、離婚の意思が変わることがなかったことが認められ、これらの事実によれば、当事者双方に上記の点に関する認識の相違があり、被控訴人が控訴人の言動に不信、不満を有するようになり、夫婦関係が悪化していたと認められる。
これを読む限り、この事案では、いわゆる嫁姑問題が夫婦関係の悪化に大きく寄与していたように思われます。逆に言うと、夫個人に決定的な非を認めるのは困難なようにも思えます。実際、別居の段階では、未だ婚姻関係が破綻したとは見なされておらず、その後、別居期間が3年を経過したことなどをもって、婚姻関係が破綻したと評価されています。
しかし、福岡高裁は、このように婚姻関係が破綻していない状況であっても、妻が別居を選択したことに自体ついては問題を認めませんでした。
(福岡高裁令和4年7月15日判決 ウエストロー・ジャパン搭載)
当事者双方に認識の相違があり、控訴人の言動に対して被控訴人が不信、不満を抱くようになって、夫婦関係が悪化していたのであるから、被控訴人が別居を選択したことをもって、被控訴人が専ら又は主として破綻について責任があるとは認められない。
つまり、別居自体は、夫婦関係が悪化していたことを理由に、問題はないものとされています。
そして、福岡高裁は、長女を連れて別居をした行動については、②主として妻が子供の監護を担っていたことを踏まえて、以下のように判断しました。
(福岡高裁令和4年7月15日判決 ウエストロー・ジャパン搭載)
控訴人は、被控訴人が長女を連れて別居した行為が悪質なものである旨主張するが、長女の出生後、被控訴人が主として長女を監護していたことからすれば、上記行為をもって悪質と評価することはできない。
つまり、福岡高裁は、
夫婦関係が悪化→別居してOK(A式)
というA式の成り立ちを確認し、A式により別居をしても良い場合を前提に、
子供を主として監護していた配偶者→別居の際に子供を連れてOK(B式)
という、B式が成り立つことを確認しました。
今回の福岡高裁の判断は、決して特異なものではなく、これまでの数多くの家庭裁判所の判断作法に従ったものにすぎません。別居自体のハードルは決して高くないこと(A式)、そして、別居自体が認められる以上は、子供を主として監護していた側が子供を連れて行くことは問題にならない(B式)という従前の運用に基づく判断です。
3 問題点はある?
今回の福岡高裁の判断に限らず、これまでの従前の家庭裁判所の運用では、別居自体は一定の理由があれば違法とはみなされません(同居義務違反とはみなされません。)。
では、その点(上記のA式)を問題視して、別居が認められるハードルを高くすべきかというと、それは違うように思われます。別居は、婚姻をした当事者が、自分の身体や心を守る手段でもあります。別居という行為自体に高いハードルを設定することは、婚姻関係に拘束されている当事者に過度な負担を強いることになりかねません。
したがって、もし今回の福岡高裁や家庭裁判所の運用に問題があるとすれば、別居が認められる以上は、子供を主として監護していた側が子供を連れて行くことも良しとする、B式にあると思われます。別居自体は低いハードルで認められてしまいますので、子供の監護を担っている側が子供を連れ去るケースでは、ほとんどの場合、違法とはみなされない(有責配偶者とはみなされない)でしょう。いわゆる「子の連れ去り問題」が社会問題化していますが、こうした裁判例の判断の集積が背景にあることは疑いがありません。
とはいえ、これは子供の利益を含めて慎重に議論されるべき問題です。もし子供を連れて行くことが許されないことになれば、子供をメインで監護しなかった側に子供を預けることになります。決して容易に回答が出せるものではありませんので、ここでは問題点の指摘に止めたいと思います。
4 今回の裁判例の意義
今回の福岡高裁の判断は、別居が認められるハードルの低さを確認し、また、その別居が認められる以上、従前子供の監護を主として担っていた側が子供を連れて別居することもまた是認されるとし、従前の家庭裁判所の運用を踏襲しました。改めて、別居時に子供を連れて出て行くこと(いわゆる「子の連れ去り問題」)に対する裁判所の一般的なスタンスを示したものと言えます。