今回紹介する裁判例は、面会交流を暫定的に実施することを命じた福岡家裁の保全命令を、「保全の必要性がない」として覆して却下した、福岡高裁令和4年12月21日(ウエストロー・ジャパン搭載)決定です。
1 審判前の保全処分とは
まず初めに、審判前の保全処分について、簡単に説明しておきます。
監護者の指定の申立てや、面会交流の申立ては、まずは調停で話し合いが行われ、話し合いがまとまらなければ審判手続に移行し(監護者指定の場合は最初から審判が申し立てられることが多いです。)、最終的に裁判所が判断をすることになります。
ところが、調停や審判手続きは時間がかかります。特に、面会交流調停や審判は、場合によっては、大きな理由がなくとも、数年単位で時間がかかってしまうことも多いです。
そのため、数年先になるかもしれない審判の決定を待っていては、現状の問題が当面解決されず、場合によっては大きな不利益が生じることもあり得ます。そのため、法律は、子供やその他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは(「保全の必要性があるとき」、と言われます。)、裁判所は必要な命令ができるとしました。
(審判前の保全処分)
家事事件手続法105条
1 本案の家事審判事件(家事審判事件に係る事項について家事調停の申立てがあった場合にあっては、その家事調停事件)が係属する家庭裁判所は、この法律の定めるところにより、仮差押え、仮処分、財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずる審判をすることができる。
2 本案の家事審判事件が高等裁判所に係属する場合には、その高等裁判所が、前項の審判に代わる裁判をする。
(婚姻等に関する審判事件を本案とする保全処分)
家事事件手続法157条
1 家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。以下この条及び次条において同じ。)は、次に掲げる事項についての審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者の申立てにより、当該事項についての審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
一 夫婦間の協力扶助に関する処分
二 婚姻費用の分担に関する処分
三 子の監護に関する処分
四 財産の分与に関する処分
本件は、面会交流の調停・審判が申し立てられていたケースです。申立人である父は、審判が決定するまで時間がかかり、父子関係の断絶が続くことを恐れ、暫定的に子供と会える状況を作ってもらうべく、審判前の保全処分の申立てを行いました。
2 福岡家裁の判断
福岡家裁は、次のように述べて、本件では保全の必要性が認められるとしました。
(福岡家裁令和4年6月28日決定 ウエストロー・ジャパン搭載)
2 保全の必要性
審判前の保全処分を認容するためには,①本案申立てが認容される蓋然性及び②保全の必要性が必要であり,②については,「子の急迫の危険を防止するため必要がある」(家事事件手続法157条1項)ことが必要である。
前記認定のとおり、相手方は、申立人と未成年者らの面会交流を拒否する姿勢を明らかにしており、任意に面会交流が行われる見込みは乏しい。申立人と未成年者らの面会交流が令和3年3月を最後に途絶えていることに照らすと、父子の断絶がこれ以上に長期化することは、未成年者らの心身の健全な発育に悪影響を及ぼすおそれがあり、子の急迫の危険を防止するため、仮に面会交流を認める必要性は高い。
したがって、保全の必要性はあると認められる。
福岡家裁は、「父子の断絶が長期化する」→「子供たちの心身の発育に悪影響となる」→「子の急迫の危険が認められる」と判断したものと考えられます。
その上で、暫定的に、面会交流を毎月1回、1回あたり3時間行うことを当事者に命じました。
一般常識的には、福岡高裁の上記判断は、特に異論はなく受け止められるようにも思えます。ところが、抗告審である福岡高裁は、これを認めず、家庭裁判所の決定を取り消し、申立てを却下しました。
3 福岡高裁の判断
福岡高裁は、以下のように述べて、「未成年者らに急迫の危険が及ぶことをうかがわせる資料はない」として、申立てを却下しました。
(福岡高裁令和4年12月21日 ウエストロー・ジャパン搭載)
当裁判所は、本件申立てを却下するのが相当と判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件記録によれば、①抗告人は、相手方と未成年者らとの面会交流を拒否する姿勢を示していること、②相手方が、令和3年3月21日、抗告人手続代理人の事務所において、2時間程度、未成年者らと面会交流した後、相手方と未成年者らとの面会交流は一度も実施されていないことは認められるものの、相手方と未成年者らとを面会交流させなければ、未成年者らに急迫の危険が及ぶことをうかがわせる資料はなく、本件において、家事事件手続法157条1項所定の保全の必要性があるとはいえない。したがって、本案が認容される蓋然性について判断するまでもなく、本件申立ては理由がない。
2 以上によれば、原審判は失当であり、本件抗告は理由があるから、これを取り消すこととして、主文のとおり決定する。
福岡高裁は、「未成年者らに急迫の危険が及ぶことをうかがわせる資料はない」とだけ述べています。したがって、福岡高裁は、父子関係の断絶が数年単位で続くという事態だけでは、未成年者らの発育に悪影響が及ぶとは考えないというスタンスをとっていることが分かります。
面会交流の条件確定までに数年かかることもある現在の家庭裁判所の運用状況の下、福岡家裁は、保全命令を発することで取り急ぎ父子の交流を図れるようにし、問題を解決しようとしました。
しかし、福岡高裁はこれを取り消し、申立てを却下しました。これにより、面会交流の条件確定までに数年かかることがあること、その間に非監護親と子供との関係が断絶してしまうことに対して、当事者は取れる手段がなくなったと言えます。
4 本決定の意義
福岡高裁による本決定により、現行の法律に基づくと、面会交流の条件確定までの数年間、別居親と子供との親子関係が断絶することを防ぐ手立てがないことが示されました。それは一方で、こうした問題は、立法府による措置がなければ解決され得ないことを示したともみなすことができるでしょう。したがって、立法府による早急な改善を促すものとしても、本決定は意義があるものと言えます。