1 事案の概要
本件は、被告男性Yが既婚であったにもかかわらず独身と偽って原告女性Xと性的関係を持ち、避妊の求めにも応じず性交渉を行った結果、Xが2度にわたり妊娠・流産・出産に至ったこと、さらに認知や調停対応において不誠実な言動を繰り返したことにより、Xが精神的損害を被ったと主張し、損害賠償を求めた大阪地裁令和6年7月19日判決(ウエストロー・ジャパン搭載)です。
大阪地裁は、避妊の求めを無視して性交渉を行った行為が女性の性的自己決定権を侵害する違法行為であると認定し、医療費や慰謝料を含めて74万1417円の賠償を命じました。なお、独身と偽って関係を持ったことについては慰謝料は認められませんでした。
2 事実の経緯(時系列)
- 平成29年12月24日 被告は訴外女性と婚姻。
- 令和2年初頭 原告がFacebookで被告に連絡。以後LINEで交流。
- 令和2年2月頃 2人は再会し、ラブホテルで性交渉。原告は避妊を求めたが被告は無視して応じず。このとき、被告は原告に独身と偽っていた。
原告は妊娠し、認知を求めたが拒否された。その後流産し、手術費8万1417円を支出。
- 令和3年10月25日被告は正式に離婚。
- 令和3年11月20日原告と被告が再び会って性交渉。今回も避妊の求めを拒否。
- 令和3年12月15日原告が妊娠を確認。
- 令和3年12月28日原告が被告に認知を求めたが、被告は「結婚しているから無理」と虚偽の回答で拒絶。
- 令和4年 原告が長女Aを出産。
- 令和4年3月7日代理人弁護士から認知・慰謝料等を求める通知書が送付されるが、被告は無視。
- 令和4年9月16日原告が認知調停を申し立てるが、被告は期日に無断欠席。
- 令和5年7月18日DNA鑑定により、被告とAの父子関係が99.999993%の確率で肯定される。
3 争点と裁判所の判断
争点1:不法行為の該当性
(1)虚偽の独身装いによる性交渉について
判決は次のように述べました。
原告は、独身であるとの被告の虚偽の言葉を信じて、性交渉を持ったものであり、独身であるか否かは、性交渉に応じるか否かを決める要素の一つであることからすれば、被告が独身であると偽ったことは不適切かつ不誠実な行為であることは明らかであるものの、原告と被告が婚姻を前提とした交際関係にはなく、このことをもって直ちに不法行為であるとまでは評価できない。
独身か既婚に関して、虚偽はあるものの、婚姻を目的とした関係ではなかった点が考慮されました。
(2)避妊拒否による性交渉について
裁判所は、以下のように判断しました。
他方で、被告は、令和2年の際も、令和3年11月の際も、原告が避妊を求めたにもかかわらず、その要求を無視し、ラブホテルに備え付けの避妊具により、容易に避妊行為を行うことができたにもかかわらず、あえてこれを行わなかったものである。原告は平成7年生まれの女性であり、この当時、妊娠の可能性があったところ、妊娠した場合の身体的・精神的負担は大きく、その負担は女性のみに生じることにかんがみれば、女性が性交渉自体に同意をしているとしても、男性が女性側から避妊を求められながらこれに応じずに性交渉を続行することは、女性の性的な自己決定権を侵害し、違法との評価を免れない。
被告が避妊を求められながら無視したことにより、原告の権利侵害が認められました。
(3)被告の反論
なお、被告は「原告から妊娠を望まれ、責任をとらないことも同意された」と主張しましたが、次のように退けられています。
被告は、原告から被告の子が欲しいと要求され、一切の責任をとらないことの了解を得ていたなどと主張するが、2度目の妊娠の際、原告が被告に対して妊娠を告げて「認知はしてくれる?」とメッセージを送ったところ、被告は、結婚しているとの虚偽の事実を告げて認知を拒んでいることからすれば、上記被告の主張は直ちに信用できないものである。かえって、妊娠告知をされた後の、原告の身体的・精神的な負担や不安感を一切顧みない被告の態度や、認知調停手続や訴訟手続等における誠意のない対応に照らすと、被告は、原告が被告への好意から強く抵抗しないことを逆手にとり、自己の性的欲望を満足させるためにあえて避妊行為を行わなかったと考えるのが相当である。
不誠実な応答や調停欠席、責任逃れの姿勢が重く評価されています。
争点2:損害の有無と金額
(1)医療費(流産手術費用)
流産手術費用については、原告の損害として認められました。
被告が、原告の求めに応じて適切な避妊行為をしていれば、原告は1度目の妊娠をすることはなかったことからすれば、原告が1度目の妊娠の際に支出した流産手術費用8万1417円は、原告の損害として認められる。
(2)慰謝料
また、避妊を拒否したこと等に関する慰謝料としては、以下の事情を総合考慮し、60万円が認定されました。
・原告の避妊要請を2度にわたり無視
・2回の妊娠(うち1回は出産)
・妊娠告知後の虚偽発言と認知拒否
・調停手続の不出頭等の誠意のない対応
被告が、原告の避妊の求めを無視して、避妊行為を行うことなく性交渉をしたこと、これにより原告は2度妊娠したこと、原告が被告に妊娠を告げた後も虚偽の事実を告げて認知を拒絶し、その後も「自己責任」などと主張して一切の責任を放棄する不誠実な対応に終始していることなど、本件にあらわれた一切の事情を総合すると、原告の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は60万円とするのが相当である。
(3)弁護士費用
また、慰謝料の10パーセントを弁護士費用分の損害として認めるのが通例ですが、本件でもその考え方が踏襲されています
認容した慰謝料の額、本件事案の内容等に鑑みれば、被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は6万円が相当と認められる。
4 判決の結論
裁判所の結論は以下の通りです。
・独身と偽って性的関係を持ったこと ×(事実は認めるが慰謝料は発生しない)
・避妊をお願いしたのに拒否したこと ○(慰謝料発生。ただし60万円)
・流産に伴う手術費用 ○
・弁護士費用 ○(避妊拒否の慰謝料の10パーセント)
5 本判決の意義
本件は、避妊拒否が女性の権利を侵害する不法行為として明確に判断された注目すべき裁判例です。性交渉に合意していたとしても、避妊の拒否が違法と評価される点は、性と同意に関する現代的な人権意識の反映といえます。
また、認知調停への不誠実な対応、虚偽の説明、精神的な支援の欠如など、被告の全体的な言動が評価に影響を与えた点も示唆的です。
一方で、本件では、既婚者が独身と偽って性的関係に及んだ点ついて、婚姻を前提としていなかったことを理由に、慰謝料は発生しないとされています。この考え方は、類似の先行事案を踏襲するものと言えます。
本判決は、性的な男女トラブルに対する裁判所判断の一例として、意義をもつものと言えるでしょう。
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