妻の暴言があっても婚姻関係は破綻していたとは言えない。重要判例解説:東京高裁令和3年1月21日判決

今回紹介する裁判例は、妻の暴言などを理由として別居した夫からの離婚請求についての判断です。妻の暴言により婚姻関係が破綻したと言えるかが争われました。別居後に夫が他の女性と関係を持つに至ったことが、少し事態をややこしくしています。

原審である東京家裁では、妻の暴言内容を問題視し、それによる婚姻関係の破綻を認め、別居後の夫の不貞を不問にしました。しかし、控訴審である東京高裁は、妻の暴言を問題視せず、それによる婚姻関係の破綻を認めなかったために、その後の夫の不貞を問題視し、離婚を認めませんでした。

1 原審(東京家裁令和2年3月31日判決)の判断

まずは、原審である東京家裁の判断を見てみましょう。東京家裁は、以下のように述べて、妻の暴言内容を問題視しました。

(東京家裁令和2年3月31日判決 ウエストロー・ジャパン搭載)

原告(注:夫)が,平成28年12月頃,原告の両親と平成29年12月に同居する計画について述べたことをきっかけに,原告の両親との今後の関係についての協議が始まり,同年4月に行われた話合いの際には,被告(注:妻)は,原告に対し,「異常人間」,「犯罪者」,「根本的に間違ってる」などとその人格を非難する発言をし,また,5000万円で神戸にマンションを買い,さらに5000万円慰謝料を支払うことを求めるなど,離婚や財産分与を前提とした発言をしている。被告は,これらの発言について原告から出て行くよう求められ,悔しさから売り言葉に買い言葉で言ってしまったものであって本意ではないというが,・・・原告が被告に上記の発言を行わせるよう故意に挑発した事実も認められないから,被告のこれらの発言が,原告の不当な誘導によってなされたものであるとはいえない。そうすると,被告の内心を置くとしても,原告として,これらの発言が自らに対する侮辱であったり,被告が離婚に伴う慰謝料や財産分与の支払を求めるものと理解することには十分な理由がある。そして,上記認定事実からすると・・・,被告の原告に対する「異常人間」,「犯罪者」などの表現が,通常の婚姻関係の中における諍いの範疇にとどまるものとは評価できず,被告の上記の発言等は,原告として別居を決意する十分な理由となったものといえる

東京家裁の判断は、「異常人間」「犯罪者」などの妻による発言内容が、通常の夫婦喧嘩の範疇とは言えず、夫が別居を決意するのに十分な理由と言える旨を述べています。このような激しい口調は、一般的な夫婦間の喧嘩において通常生じるものとは思えませんし、相手の自尊心を抉るものです。そのため、裁判所の判断は十分に納得しうるものとも思えます。

しかし、東京高裁はこの判断を覆しました。

2 控訴審(東京高裁令和3年1月21日判決)の判断

東京高裁は、以下の通り述べ、妻のこうした発言内容が、通常の夫婦喧嘩の域を出ないものとみなしました。

(東京高裁令和3年1月21日判決 ウエストロー・ジャパン搭載)

一審被告は,一審原告の両親との対応や,一審原告の両親のもとに引き取られた後の二女との対応について,不満を募らせ,極端に取り乱したことがあったが,それも特定の時期における限定的なエピソードであり,その他の一審原告と一審被告の喧嘩は,通常の夫婦喧嘩の域を出るものではなかったというべきである。

東京高裁は、妻の暴言とも思える発言を、「極端に取り乱した」ものとみなしつつ、「特定の時期における、限定的なエピソード」にすぎないものとして、その重みを打ち消しました。

そのため、結果として、別居時点では婚姻関係は破綻していなかったことになるため、その後の夫による他の女性との関係構築は、不貞行為とみなされました。家裁の判断とは真逆に、夫は有責配偶者の立場となったのです。

3 東京高裁の判断は妥当か?(男女を逆転して考えてみると・・・)

さて、東京高裁の今回の判断は妥当でしょうか?

例えば、男女を逆転して考えてみましょう。

夫が妻に対して、「異常人間」、「犯罪者」、「根本的に間違ってる」などと罵ったとしましょう。私たちは、ここに、いわゆるDV被害を受けている女性像を容易に想像することになるでしょう。客観的に見ても、これらの発言内容は極めて屈辱的であることは明らかであり、こうした暴言を吐かれた妻が被る精神的な苦痛は、一般社会において、同情されるのが通常でしょう。そして、これをきっかけに妻が自宅を出て別居に至っていた場合、先の東京高裁と同じように、「特定の時期における、限定的なエピソード」にすぎないとして、婚姻関係の破綻が否定されるべきでしょうか?それとも、このような屈辱的な暴言を受けた被害者側にこそ、それを決める権利があるというべきでしょうか?

ここでは、見方を変えることで、裁判所の判断が妥当であったか、いろいろな見解が生じうることを指摘する程度にとどめておきたいと思います。

本判決が公正なものかは、今後も議論され続けるでしょう。

4 今回の東京高裁の判断の意義

今回の東京高裁の判断は、配偶者の一方から他方に対する暴言があったとしても、「特定の時期における、限定的なエピソード」として、婚姻関係の破綻を認めない可能性があることを示したことに、意義があると言えます。

また、今回の夫側の立場に近い方にとっては、配偶者の暴言について、可能な限り頻繁に録音するなどして、複数の時期にまたがって証拠を揃えておく必要があるという教訓になるものと言えるでしょう。

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