今回紹介する判例は、「生活費を渡してないので振り込みます。金額は5万円とさせてください。」「承諾しました。」とのメッセージ上のやりとりが、婚姻費用の合意と言えるかどうかが争われた事案です。結論として、東京高裁令和5年6月21日決定(判タ1520号55頁)は、このやり取りでは婚姻費用額の合意とはいえないとし、金額について計算の上決定しました。
1 東京高裁の判断
東京高裁は、婚姻費用に関する、「金額は5万円とさせてください。」「承諾しました。」というメッセージ上でのやり取り(「(4月)14日のやりとり」)が行われた日の前後の状況がどうであったかを調べました。これにより、14日のやりとりが、婚姻費用の金額の合意と言えるかどうかを審理したのです。そして、以下の通り判断しました。
(東京高裁令和5年6月21日決定 判タ1520号55頁)
・・・抗告人は,相手方との別居後,14 日のやりとりの前日まで,相手方との間で婚姻費用について何ら具体的な話し合いはしておらず,前日のやり取りで相手方の離婚の意思が固いことを確認し,その時点で初めて,養育費,慰謝料,生活費等の金銭給付が話題になったことが認められるのであって,抗告人と相手方間において,相手方が抗告人に支払うべき婚姻費用について,両者の収入等を踏まえて具体的な協議がされたとは到底いえない。また,14 日のやり取りも,「生活費を渡していないので振り込みます。金額は,…(省略)5 万円とさせてください。」との提案に対して,「承諾しました。」との返信はされているものの,それとともに,2 人分の養育費,慰謝料,今後抗告人が働けるようになるまでの最低限の生活費,本件未成年者の今までが固いことを確認し,その時点で初めて,養育費,慰謝料,生活費等の金銭給付が話題になったことが認められるのであって,抗告人と相手方間において,相手方が抗告人に支払うべき婚姻費用について,両者の収入等を踏まえて具体的な協議がされたとは到底いえない。また,14 日のやり取りも,「生活費を渡していないので振り込みます。金額は,…(省略)5 万円とさせてください。」との提案に対して,「承諾しました。」との返信はされているものの,それとともに,2 人分の養育費,慰謝料,今後抗告人が働けるようになるまでの最低限の生活費,本件未成年者の今までの児童手当をもらえるのであればもう再構築は望まないこと,金額については専門家と相談することもメッセージにあるところ,専門家ではない抗告人や相手方が別居中の婚姻費用と離婚に伴う養育費等の給付を区別できていたかも疑問がある(相手方も,令和 5 年 5 月 21 日には,「今月も養育費の入金はしています。」と,相手方のいう本件合意に基づく入金を婚姻費用ではなく養育費と記載しており,その記載や金額が低額であることからすれば,抗告人の生活費を含むものとは考えていなかった可能性もある(甲 2 の 16・17)。そして,抗告人は,14 日のやりとりの翌々月には,長野家庭裁判所伊那支部に婚姻費用分担調停を申し立てている(認定事実(5)))。
上記のとおりの,14 日のやり取りに至る経緯,そのやり取りの内容その他の事情を総合すると,14 日のやり取りによって,婚姻費用の分担額について確定的な合意があったと認めるのは相当ではなく,後に両者の収入等を踏まえて具体的な協議や審判手続等を経て婚姻費用の分担額が定められるまで,とりあえず暫定的に支払われる額について提案と承諾がされたにとどまるものと認めるのが相当である
本件では、妻が、生活費の金額について、「承諾しました。」と、表現上は明らかに内容を受諾している文言を使っていました。そのため、婚姻費用額が当事者間で確定したと言えるのではないかと争われたわけです。
こうした中、東京高裁は、以下の点を重視しました。
①収入に応じた具体的な協議が行われているかどうか
②婚姻費用と養育費を具体的に区別できていたかどうか(法律上の概念をしっかり把握していたかどうか)
そして、東京高裁は、「5万円とさせてください。」「承諾しました。」とのやりとりにおいて、収入に応じた具体的な協議はなかったこと、弁護士を入れていない段階での簡易なやりとりであって、婚姻費用と養育費の違いすら明確に理解していたか疑わしいことを指摘し、婚姻費用を5万円とする合意の存在を否定しました。
東京高裁のこの決定は合理的でしょうか?それとも不合理でしょうか?
2 弁護士から見た所管
法律学において、当事者の合意が成立したとみなされるためには、合意内容についてしっかりと認識した上で、確定的なものとして受け入れたかどうかが重要とされます。
したがって、今回の東京高裁は、そうした法律学の基本に則って判断したものであり、決して不合理なものとは言い切れません。
なお、法律に通じていない本人同士のやりとりであっても、それを紙媒体の合意書で取り決め、お互いにハンコを押して署名している状況などであれば、確定的なものとして受け入れたとみなされるでしょうし、実際にそのような判例もあります。
したがって、婚姻費用額の合意があったかどうかは、今回の東京高裁が挙げた2点を単純に当てはめるのではなく、いろいろな側面から状況を検討する必要があります。その上で、夫婦の双方が、その金額を「確定的なものとして受け入れたかどうか」を見極める必要があるでしょう。
3 手続上の注意点
ところで、今回の裁判は、婚姻費用額の合意があったかどうかが争われ、結果として、合意は認められず、婚姻費用額を裁判所が改めて定める必要があるものとされました。
一方で、もし、合意が認められた場合は、合意した金額を東京高裁が判断するのではなく、端的に婚姻費用の申立てが却下された可能性が高いです。というのは、別の事件にて、東京高裁は、すでに金額について合意した養育費の請求をする場合は、家庭裁判所の調停・審判ではなく、地方裁判所に訴え提起すべき旨を判断しているからです。
(東京高裁令和5年5月25日決定(「家庭の法と裁判」49号70頁)
・・・当事者間には、抗告人が相手方に対し、子らの養育費として、令和3年1月6日から子らがそれぞれ高校を卒業する3月まで、子1人につき月額3万円を支払う旨の本件合意が存在するものと認められるところ、相手方が、本件合意に基づき、抗告人に対し、子らの養育費を支払うよう命じることを求める場合には、地方裁判所に対し、抗告人を被告とする訴えの提起をし、判決を求める民事訴訟手続によるべきであって、これを家庭裁判所に対して求めることはできない。
上記裁判例は、養育費に関してですが、婚姻費用がこれと異なる扱いがされる理由は乏しいと思われます。
以上の点は、手続を進める上での注意点と言えるでしょう。