夫の元交際相手による個人情報不正閲覧と嫌がらせの手紙!大阪地裁堺支部令和6年3月1日判決

今回ご紹介する裁判例は、市の職員という職務上の立場を悪用して、元交際相手の情報を不正に閲覧し、嫌がらせ目的の手紙を元交際相手の妻に送付した被告に対し、裁判所が慰謝料の支払いを命じた、大阪地裁堺支部令和6年3月1日判決(ウエストロー・ジャパン搭載)です

個人情報を不正に用いた嫌がらせの手紙送付行為に、どのような法的責任が認定されたのか。判決文をもとにご紹介します。

事件の時系列(主な経緯)

  • 平成27年11月~28年7月頃:被告Y1(女性)は男性Cと交際。
  • 平成28年9月1日:原告と男性Cが交際を開始。
  • 平成31年1月:原告とCが同棲を開始。
  • 平成31年1月7日~2月8日:Y1がCの課税情報や住所等を、業務上の必要性がないにもかかわらず複数回にわたり市の基幹システムから閲覧。
  • 1月30日:原告とCが市役所で転出届を提出。
  • 1月31日:Y1が原告とCを市役所で目撃。再度Cの情報を不正閲覧。CにLINEでメッセージも送信。
  • 令和元年5月18日原告とCが婚姻。
  • 令和元年8月13日原告宅に、差出人不明の嫌がらせ手紙が届く(妊娠の告白、写真付き)。
  • 9月14日:原告とCが結婚式を挙げる。
  • 令和元年11月上旬:新婚旅行。
  • 令和2年春以降:Y1が再任されていたことが発覚。原告とCで意見が対立。
  • 令和2年9月11日原告とCが離婚。

原告の主張と訴えの概要

原告は、被告Y1が市職員としての職権を濫用し、元交際相手Cの住所を不正に取得した上で、虚偽の内容を含む嫌がらせ手紙を原告に送付したと主張しました。

手紙の内容は、以下のような内容だったことが判決文で認定されています。

(大阪地裁堺支部令和6年3月1日判決)

原告は、令和元年8月13日、その住所地である大阪府b市〈以下省略〉cアパート201号室(以下「本件住所」という。)において、差出人の記載のない本件手紙の送付を受けた。
本件手紙の封筒には、「大阪府b市〈以下省略〉cアパート201号室 甲川X様」と手書きで記載されており、本件手紙には、「Cさん、あなたの子です。妊娠を告げた時あなたは喜び、浮気相手と別れると言ってくれていたのにその方と婚約したことを知った時はショックでした。男の子が産まれたらあなたの名前から一文字もらい、『D』と名付けようと思います。今回のこともあったので実家に帰って出産し家業を継ぐために修行しようと思います。あなたのことを今も愛しています・・・さようなら。」と印刷文字で記載され、胎児のエコー写真Cの寝姿の写真(以下「本件写真」という。)が同封されていた。

手紙が入っていた封筒は原告(妻)宛ですが、手紙の内容は、男性(夫)宛でした。

なお、胎児のエコー写真は、インターネット上で拾われたものであることも認定されています。

これにより原告は、精神的苦痛を被り、婚姻関係も破綻に至ったとし(実際に、原告は夫Cと離婚するに至りました。)、

  • 慰謝料300万円
  • 筆跡鑑定費用42万円
  • 弁護士費用34万2000円

の合計376万4000円の損害賠償を請求しました。また、被告Y1の雇用主である市に対しても、国家賠償法・民法715条に基づく損害賠償責任を主張しました。

判決の要旨と裁判所の判断

1.手紙を送ったのは誰か?

被告である女性(Y1)は、自分は手紙を送っていないと主張しました。しかし、判決では、以下の点を重視してY1が手紙の差出人であると認定しました。

  • 手紙に同封されたCの寝姿写真は、交際中にY1が自身の携帯で撮影し、CとLINE上でのみ共有していたもので、他人に渡されたこともない。
  • 被告Y1は市役所にて原告とCの同伴を目撃した直後に、再度不正アクセスしてCの転出先住所を閲覧。
  • 結婚報告をSNSに投稿したCの情報から、Y1は原告の名前を知り得た。

これらの状況から、裁判所は「本件手紙は被告Y1によって送付されたと推認するのが相当である」と認定しました。

2.手紙の内容と原告の精神的被害

原告が被った精神的な損害額を認定するに際して、裁判所は、手紙の内容について以下のように評価しています。

本件手紙は、本件手紙の送付主がCとの子を妊娠したことを示唆し、本件手紙の送付主と交際しながら原告と婚姻したCを非難するとともに、Cに対して好意や未練を伝えるものであり、さらに、本件手紙の内容を裏付けるかのようにCの寝姿を撮影した本件写真と胎児のエコー写真とが同封されているというものであって、Cと婚姻したばかりの原告にとって、Cに対する不信感を与え、夫婦間の軋轢を生じさせる悪質な内容であるといえる。
また、原告は、・・・のとおり、本件手紙の送付を受けて、Cの不貞を疑い、不眠や食欲低下、精神不安等の症状が現れていることが認められる。

また、原告は、手紙を受け取って以降、不眠・食欲低下・精神不安といった症状が現れ、深い精神的苦痛を受けたことが認定されました。

ただし、離婚との直接的な因果関係は否定されています。

・・・によれば、Cに対する不貞の疑いについては、早期に解消されたこと、本件写真を所持していた被告Y1に対しては、Cの両親を通じて本件念書が作成されており、被告Y1が今後原告やCに対して嫌がらせ等の手紙を送付してくる蓋然性は低い状況であったこと、本件手紙の送付以降、原告ないしCに対してさらなる嫌がらせや脅迫等の行為はされていないことが認められ、さらに、・・・のとおり、原告及びCは、本件手紙の送付を受けた後も、令和元年9月に結婚式を挙げ、同年11月には新婚旅行に出かけるなど、婚姻関係を継続することを前提とした行為をしていることが認められるのであって、以上の事実に照らせば、本件手紙の送付後約1年以上経ってからなされた原告とCとの離婚は、本件手紙の送付を受けたことが直接の原因であるとはいえない

このため、認定された慰謝料は50万円にとどまりました

3.鑑定費用・弁護士費用の扱い

本件では、原告側が、封筒や手紙の筆跡について専門家への筆跡鑑定を依頼しました。そのため、この筆跡鑑定費用42万円についても、損害になるか論点になりました。しかし、裁判所は以下のように判断して、損害には含めませんでした。

本件においては、原告の提出した筆跡鑑定書によって、本件手紙の送付者が被告Y1であると認定されたわけではなく、筆跡鑑定費用については、原告が自らの判断で採用した証拠収集方法に係る費用に過ぎないというべきであるから、筆跡鑑定費用が本件手紙の送付と相当因果関係のある損害であるとは認められない。

なお、弁護士費用については、慰謝料額に対応して5万円が損害額として認められました。通常、慰謝料として認められる金額の10パーセントが、弁護士費用としての損害と認められますので、そうした運用に基づいた判断と言えます。

4.Y2市(勤務先市)の責任の有無

ところで、原告は、市職員Y1の不正閲覧行為とその延長である手紙送付について、市にも国家賠償法・民法715条に基づく責任があると主張しました。しかし裁判所はこれを退けました。

被告Y1が本件手紙を送付したのは、本件閲覧行為から約半年以上が経過した令和元年8月であり、本件手紙の内容やその送付の経緯も被告Y1の職務との関連性が全くない私的なものであるから、本件手紙の送付行為は、被告Y1の被告Y2市a課職員としての職務範囲に属さず、その職務を遂行するのに必要な事務であるともいえない。

被告Y1が本件閲覧行為によって本件手紙の送付先である本件住所を把握したとしても、本件閲覧行為の対象は原告ではなくCの個人情報であり、被告Y1が本件住所を原告の住所として特定し、原告宛てに本件手紙を送付することができたのは、CとのLINEアプリを通じたやり取りやY2市役所を訪れた原告とCを目撃したこと等により、原告とCが婚姻することを知り、Cの転出先の住所である本件住所が原告の住所ともなるであろうことを把握したことによるものであって、被告Y1によるこれらの事情の把握が被告Y2市a課職員としての職務とは無関係にされたことを踏まえると、原告の住所である本件住所を宛名として本件手紙を送付した行為は被告Y1の個人的な行為とみるのが相当である。

すなわち、本件手紙を送付した行為は、被告Y1の被告Y2市a課職員としての職務執行行為又はこれと一体不可分の行為と認めることはできず、また、職務執行行為を契機とし社会常識上これと密接な関連を有する行為と認めることもできない。

要するに、

  • 不正に閲覧されたのはCの情報であって原告の個人情報とは認められない。
  • 手紙の送付は、職務とは無関係の私的行為であり、職務執行とは切り離されている。

として、職員の職務行為として行われたものではないとされました。

このため、市の国家賠償法に基づく賠償責任または使用者責任は否定されました。

本判決の意義

本件は、行政職員による個人情報の不正閲覧が、そのままプライバシー侵害や嫌がらせへとつながった点で、現代的な問題を多く含んだ事件と言えるでしょう。また、男女関係を発端とする嫉妬感情が、具体的な不法行為として表出した事件としても、事例的な価値があります。

裁判所は、加害者が情報を得たルートや、行動の動機を時系列で丁寧に検討し、被告Y1が手紙送付者であると結論づけました。

一方で、認められた慰謝料額が50万円と、少額にとどまることに注意が必要です。

一般論として、慰謝料というのは当事者が想定しているよりも低く判断されがちです。その点を踏まえ、実際に裁判に踏み切るべきなのか、多額の費用を負担して証拠を集めるべきなのか、改めて考える契機を与えてくれる事例とも言えるでしょう。

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