1 事件の概要
今回ご紹介する判例(東京高裁令和4年3月25日決定)は、離婚した夫婦の妻が、夫を相手に財産分与の協議に代わる処分(審判)を申し立てた事案です。妻の申立てに対して、夫は、基準時における夫名義財産である預金の一部に、相続した財産などの特有財産が含まれていると主張して、財産分与対象財産の範囲を争いました。
これについて原審は、相続等により夫が父らから承継した財産が、基準時において残存していたものであることを裏付ける資料はないとして、特有財産であるとする夫の主張を採用しませんでした。
しかし、高裁では、確かに特有財産とは証明できないものの、財産分与において「一切の事情」として、合理的な範囲で考慮して、財産分与の額及び方法を定めるのが相当であると判示しました。(ウエストロー・ジャパン搭載)
2 本決定の判断
本決定が、特有財産の証明がなされていないのにも関わらず、財産分与において、「一切の事情」として、相続財産を合理的な範囲で考慮すべきとした理由は以下の通りです。
(東京高裁令和4年3月25日決定 ウエストロー・ジャパン搭載)
抗告人は、平成20年○月○日の父死亡による相続により約2883万円もの多額の預金を相続しており、・・・これらの預金により、基準時財産が増加し、あるいは支出を免れたことが推認されるところ、これらの事情のほか、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、抗告人から相手方に対し、財産分与として5000万円を支払うものとするのが相当である。
つまり、夫が得た相続財産が基準時における夫の預金口座に含まれているかについては証明がなされていないが、夫が相続財産を得たことは事実であり、双方の収入などの事実関係を踏まえると、夫が相続財産を得たことで、基準時の財産が増加したか、ある程度の支出を免れていることは推認できると本決定は判断したのです。
これにより、高裁は、合理的な範囲で当該事実を考慮し、夫が支払うべき財産分与の額を地裁より減額する旨の決定をしました。
3 特有財産の証明について
財産分与は、基準における双方の財産資料を開示し、基本的にこれらの合計の2分の1ずつを分け合うことになります。ただし、財産分与の対象となるのは、夫婦がその協力によって得た財産に限るため、相続財産などは、夫婦の協力によって得た財産ではないため、特有財産として財産分与の対象から除外されます。しかし、この特有財産については、これを主張する側に立証責任があるため、特有財産を主張する側は、相続財産と基準時における預金口座の繋がりを証明する資料を提出して、これを立証する必要があるのが原則です。
しかし、本件では、この立証ができていなくても、その他の事実により、「一切の事情」(民法768条2項)として合理的な範囲で裁判所が考慮して、財産分与額を決定しており、当事者間の衡平を考慮したものであると考えられます。
ただ、この合理的な範囲というのは裁判所の匙加減であるため、特有財産全額が考慮されるわけではなく、どのくらい考慮されるかについても不透明です。
そのため、特有財産性についての証拠資料を提出することの重要性については変わりないですが、特有財産性の立証ができなくても、その他の事実を一切の事情として考慮するように主張立証していくことの有効性が明らかになったという点で本決定は意味があるといえるでしょう。