1 事件の概要
今回の事件(東京高等裁判所令和3年4月21日決定)は、妻が、失業中の夫に対して婚姻費用の請求をしたものです。
東京高裁は、夫が失業していて、かつ、適応障害の診断がなされていることなどを理由に、妻の請求を認めませんでした。
2 一般的な実務運用
まず、夫が失業している場合であっても、一般的な家裁実務では、賃金センサスなどを利用して、日本人の収入の平均値などを採用して婚姻費用を計算することが多いです。
今回の東京高裁の原審である宇都宮家裁(令和2年12月25日審判)は、夫の直近の源泉徴収票記載額の「半額」を、潜在的な収入力と認定するなどしていました。
3 東京高裁の決定内容
ところが、今回の東京高裁は、従前の給与収入や賃金センサスなどを利用して、潜在的な収入力を見込むのは、例外的な場合に限られることを明言しました。
東京高裁は以下のように述べます。
(東京高等裁判所令和3年4月21日決定(判タ1496号121頁))
婚姻費用を分担すべき義務者の収入は,現に得ている実収入によるのが原則であるところ,失職した義務者の収入について,潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは,就労が制限される客観的,合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず,そのことが婚姻費用の分担における権利者との関孫で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。
これは、東京高裁が平成28年1月19日に養育費に関して述べていた内容(判タ1429号129頁)を、婚姻費用にも当てはめたものです。
その上で、東京高裁は、今回の事件について、夫側は、自殺企図による精神錯乱のため警察官の保護を受け、それをきっかけとして職場を自主退職したことや、主治医の意見書において、夫の就労は現状では困難であるとされていること、さらに、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどを認定しました。
そして、結論として、本件は上記特段の事情がある場合とは言えないとして、妻による婚姻費用請求を却下したのです。
4 今回の決定の影響
今回の決定内容は、婚姻費用に関する家裁実務にて、潜在的な収入力を定める安易な運用に対して、慎重な扱いをするよう警告をしたものと言えそうです。その上で、賃金センサスや従前の給与収入額を利用して潜在的な稼動能力を決められる場合を相当に限定したという点で、実務上の影響は大きいものと思われます。