婚姻費用を定めた時に夫の退職時期が分かっていても、実際に退職したら夫は減額の申し立てができる!東京高裁令和元年12月19日決定

今回ご紹介する裁判例は、婚姻費用の合意をした時点ですでに夫の退職時期が決まっていた場合でも、退職後に夫が婚姻費用の減額を請求できるかを判断した東京高裁決定です。

結論として、原審である東京家裁も、抗告審である東京高裁も、予想されていた夫の定年退職があったとしても、婚姻費用の合意をした時点に前提としていた状況が変化したとして、婚姻費用の減額を認めました。

まずは、東京家裁の判断を見てみましょう。

1 東京家裁の判断

(東京家裁令和元年9月6日決定 判タ1482号107頁)

前記1(4)によれば,前件調停時には,申立人は,少なくとも給与収入1600万円(相手方の主張は1800万円)以上を得ていたものであるが,その給与収入は平成30年7月からは再雇用により月額55万円,年額換算して660万円に減額され,平成31年3月に退職して同年4月以降は給与収入を得ていないことが認められ,前件調停時に前提とされていた申立人の稼働状況が変化したことに伴いその収入状況も大きく変動したことに照らすと,本件においては,調停成立時に前提としていなかった事情の変更が生じ,調停の内容が実情に適合していないものとして,改めて婚姻費用分担額を定めるのが相当である。
(中略)
相手方は,前件調停時において,申立人が平成29年12月時点で64歳であり,平成31年には定年退職の予定であるから,年収は年々減額されていると主張しており,申立人の収入が大幅に減額されることは予想し得た事情であり,そのため,相手方は,当時の申立人の収入からすれば極めて低額な婚姻費用であったにもかかわらず,前件調停を成立させた旨主張する。
しかし,前件調停においては,申立人の収入額自体に争いがあり,当事者間で具体的な収入額の合意があったとは認められず,また,申立人が主張した申立人の収入の減少や退職は抽象的には予想し得るとしても,具体的な減少額や減少時期が確定していたわけでもないから,当時の給与収入から半分以下の減少になることが前提になっていたとはいえない(後記(3)の標準算定方式に基づく算定表〔表10・夫婦のみの表〕に,相手方の収入を仮に63万円程度として当てはめた場合,申立人の収入は1500万円前後となり,その程度の減少は前提としていたものと解される。)。
よって,相手方の主張は採用できない。

以上のように、本件は、前の調停の段階ですでに定年退職になることや収入が下がることが予想されていたわけですが、裁判所は、「申立人が主張した申立人の収入の減少や退職は抽象的には予想し得るとしても、具体的な減少額や減少時期が確定していた訳でもない」として、事情の変更を認めました。

なぜ、裁判所が「予想できたかどうか」を審理しているかというと、一般的に、婚姻費用や養育費について金額の合意があっても、予想できなかった事情により前提状況が変わった場合は金額の変更が認められる、というルールがあるためです。

その上で、東京家裁は、定年退職などの事情は抽象的に予想し得るが、具体的に収入が減少することまで確定していたわけではないため、退職などにより実際に収入が減少することは、具体的に予想できたものではないとしました。

東京家裁は、「収入が減少することまで具体的に予想できたかどうか」を基準にしていることがわかります。

妻側がこれに対して即時抗告をしましたので、東京高裁が判断することになりました。
東京高裁の判断もみてみましょう。

2 東京高裁の判断

東京高裁の判断は以下の通りです。

(東京高裁令和元年12月19日決定 判タ1482号102頁)

民法880条は,「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。」と定めているところ,その法意は,前記協議又は審判の合意又は判断の基礎となった事情に,当該協議又は審判の当時予測できない変更があり,法的安定性の観点を踏まえても,これらを維持することが相当でない場合に,家庭裁判所の審判により,その変更又は取消しをすることができるとしたものである。したがって,当該協議又は審判の当時,既に判明していた事情や当然に予見し得た事情はもとより,予見し得た事情がその後現実化したにすぎない場合はこれに当たらないというべきである。
(中略)
抗告人は,前件調停では相手方の収入額についての争いはなく,相手方の減収の額と時期,退職の時期も確定しており,前件調停における婚姻費用の分担額は,これらを前提として定められたものであるとして,上記の減収等によって前件調停の合意を変更すべきではないと主張するようである。
この点,本件記録によれば,前記のような相手方の退職や再雇用,これらに伴う収入の減少は,前件調停の段階でも蓋然性の高いものとして予想されていたものと認められるものの,確実なものとして具体的に予見されていたものではなく,前件調停では,認定事実(4)及び(5)のとおり,婚姻費用の算定の前提となる相手方の収入等について争いがあった中で,当事者の互譲によって相手方が支払うべき婚姻費用の分担額が月額20万円と合意されたものと認められることからすると,仮に抗告人が,上記の婚姻費用の分担額が前記のような予想される事情の変更を踏まえたものであって,後にこれらが生じたとしても変更されることはないと考えていたとしても,相手方において,同様の認識であったとは認められない。そうすると,上記の婚姻費用月額20万円の合意は,相手方の退職や再雇用,これらに伴う収入の減少を前提としたものであったと認めることはできず,これらの事情によって変更されることもやむを得ないといえる。

東京高裁は、一度取り決めた婚姻費用額を変更できるのは、協議又は審判の合意又は判断の基礎となった事情に,当該協議又は審判の当時予測できない変更があり,法的安定性の観点を踏まえても,これらを維持することが相当でない場合としました。

その上で、さらに踏み込んで、協議又は審判の当時,既に判明していた事情や当然に予見し得た事情はもとより,予見し得た事情がその後現実化したにすぎない場合はこれに当たらないとしています。

そうすると、一見、定年退職など、時期が確定しているようなものは、「当然に予見し得た事情」と言えそうです。
しかし、東京高裁は、「これらに伴う収入の減少は、・・・確実なものとして具体的に予見されていたものではない」と述べました。東京家裁と同様、単に退職することだけではなく、収入もまた減少することが確実に予見できたかどうかを審理したわけです。

3 深掘り解説!

今回の東京家裁及び東京高裁の決定からは、「変更になったその事情に伴って収入の減少も具体的に予見されていたと言えるか」を判断の基準とし、そこまで具体的に予見されていたとは言えなければ、事情の変更を認めるという姿勢を見て取れます。

これは、実際の運用でも適切と言えるでしょう。というのは、単に予見できていれば事情の変更には当たらないとすると、定年退職により収入が下がっても婚姻費用の減額はできないなど、明らかに不都合な事態が多々生じます。

そのため、今回の東京家裁・東京高裁の判断は一つの基準を打ち立てたものとして参考になるでしょう。

ところで、今回紹介した裁判例よりもさらに最新の裁判例を見ると、婚姻費用の減額の可否が争われた事件では、この「予見可能性」という言葉は極力使わないで判断される傾向にあるようです。予見さえできていれば事情の変更に当たらないとすることの不合理が意識されている可能性があります。具体的には、以下のような最新の裁判例が挙げられます。

(東京高裁令和5年6月8日決定 判タ1518号125頁)

・・・これらの事情は,相手方の平成31年4月以降の事業収入(営業等所得)を平成30年度の事業収入465万2846円の6割程度(約280万円)とし,年金収入210万1429円を併せた収入(事業収入換算)を約490万円と推認した前件決定が前提としていなかった事情であり,令和2年分の現実の総収入(事業収入換算)の額は,前件決定における上記推認額の2倍を優に超えている。

(千葉家裁松戸支部令和4年7月13日決定 ウエストロー・ジャパン)

家庭裁判所は、婚姻費用に関する調停が成立した場合であっても、その調停の基礎とされた事情に変更が生じ、その調停の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合には、事情の変更があったものとして、その内容の変更または取消しをすることができる。

(津家裁令和2年6月2日決定 ウエストロー・ジャパン)

家庭裁判所は,扶養関係に関する協議又は審判がされた場合であっても,その協議又は審判の基礎とされた事情に変更が生じ,従前の協議又は審判の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合には,事情の変更があったものとして,その内容の変更又は取消しをすることができる。

いずれも、予見不可能な事情の変化があったかどうかを問うのではなく、前提とされていた事情に変更が生じ、前の内容を維持することが相当でなくなったかどうかという、抽象度の高い基準により裁判所が判断する傾向になっていると言えます。

とはいえ、やはりこれらは少し抽象度が高すぎ、判断の拠り所になりづらいですね。そのため、今回ご紹介した東京高裁の判断は、「変更になったその事情に伴って収入の減少も具体的に予見されていたと言えるか」という、多くの人が使いやすい基準を定立してくれたという点で、意義があるものと言えるでしょう。

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