今回は、外国で逮捕状が出されていても、現に逮捕されていない以上は親権者として不適格ではないとした判決(東京家裁令和4年7月7日判決 判タ1505号247頁)を紹介します。
1 国際問題にもなった事件
この裁判は、フランス人男性を夫にもつ日本人女性が、子供を連れ去って別居をし、子供にも会わせないことで国際問題になった件の離婚裁判です。BBC等、国際メディアも注目する夫婦及び親子問題でした(BBCニュース:https://www.bbc.com/japanese/59486195)。
この判決においては、フランス国内では、当該日本人女性に対して、子供の連れ去りに関して逮捕状が出されているところ、そうした状況下でも日本人女性に親権が認められるのか、一つの論点でした。ここでは、親権者の判断に的を絞って、裁判所の判断内容を紹介します。
2 今回の裁判所の判断(親権者について)
(1)連れ去り後の事情を重視
東京家裁は、まず、連れ去り後の現状として、子供達の生活が安定していることを述べ、日本人女性が親権者となることが適格であるとしました。
(東京家裁令和4年7月7日判決 判タ1505号247頁)
(1) 証拠(甲57)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、現に子らを養育監護していることが認められること、東京家庭裁判所裁判所調査官は、令和4年1月17日、原告、子らが在籍する●●●の園長、子らの担任●●●及び子らと面接した上で、概要、子らの身体の発育は順調で生活も安定し、原告は公的なサポートや原告の父母の補助を適宜活用しながら子らの登園の準備、食事の用意、身の回りの世話等を担い、日常的に担任●●●らと情報交換をして子らの様子を把握するなどしており、子らの監護状況について特段の問題はみられない旨の意見を示した(令和4年2月7日付け調査報告書。以下「本件報告書」という。)ことを踏まえると、原告が子らの親権者として適格であると認められる。
家庭裁判所は、以上のように現状を優先する姿勢を打ち出しました。これに関しては、連れ去り後の事情を追認するのなら、子供を連れ去った者勝ちではないかとの非難もあると思います。しかし、我が国の裁判所の多くは、このような判断を一般的に行っている現状・慣行があり、今回の東京家裁もそれに追随していると言えるでしょう。
(2)逮捕状が発布されていても現に逮捕されていないことを指摘
次に、裁判所は、フランス国内で逮捕状が発布されていることについて、次のように述べ、日本人女性の親権者としての適格性に影響はない旨を述べました。
(続き)
なるほど、証拠(乙42の1ないし44の2)によれば、a国の裁判所又は判事が、「●●●」などの罪状で原告に対する逮捕状を発布したことが認められる。
しかしながら、口頭弁論終結時において、原告が逮捕されている事実は認められず、前記(1)で認定・説示したとおり、原告が現に子らを養育監護し、子らの監護状況について特段の問題がみられないことからすれば、上記逮捕状が発布されているとの一事をもって、直ちに原告が子らの親権者として不適格であるということはできない。
要するに、外国で犯罪行為と疑われる行為を行い、実際に当該外国で逮捕状が出されていたとしても、現に逮捕されていない限り、親権者として不適格になるわけではない、と読めます。
東京家裁は、あくまでも「現に逮捕されていないこと」を重視し、逮捕状が発布されていても、その監護能力と監護体制に直ちに影響はないことを指摘しました。親権者を判断するときのポイントが、具体的な監護に関する事実や状況であることを確認したものと思われます。
これを敷衍させると、仮に日本国内で犯罪行為を行っていても、逮捕状が発布されていないなどの理由で逮捕されていない場合には、同様に親権者としての判断に影響はないものと読める可能性があります。この点は今後も議論されうるところと言えるでしょう。
(3)面会交流をさせていなくとも、夫よりも親権者として不適格とは言えない
最後に、東京家裁は、妻が夫と子供の面会交流に消極的であったとしても、親権者として不適格だとは言えないとしました。
(続き)
被告と子らとの面会は、原告と被告との上記別居以来、口頭弁論終結時に至るまで一度も実施されていないところ、上記調査官による調査において、原告は安全確保に対する懸念を理由に被告と子らとの面会交流に消極的な意向であるものの、子らは被告に対して否定的な感情を示すことはなかったというのであるから、原告が被告と子らとの面会交流を妨げていることは問題であるといわざるを得ない。しかしながら、共同親権を認めていない現行法の下では、この点は、本件訴訟とは別に,原告と被告が協議をし,協議が整わないときには,調停及び審判の手続を経るなどして,子らの福祉に適うところを慎重に模索して,これを実現していくのが相当であるというべきであって、原告が被告と子らとの面会交流を拒み、他方、被告が子らの親権者に指定された場合には年間140日以上の原告と子らとの交流を約束しているということから、直ちに、被告が原告よりも子らの親権者として適格であるということはできない。
要するに、東京家裁は、面会交流は、面会交流調停や審判で解決されるべき問題だとして、親権者の適格性に大きな影響はない旨を述べたものと言えます。面会交流調停や審判が実際上は機能していないという問題があり、その点が触れられていないのは残念ではありますが、我が国の裁判所における一般的な姿勢かと思います。
3 今回の判決の意義
今回の東京家裁の判断は、子供の連れ去りや面会拒絶がある場合の親権者の指定について、従前の家裁の運用に沿ったものと言えるでしょう。判断内容については、大いに議論がありうるところであり、また、何らかの形で、とりわけ父子関係の維持に関して改善されるべき点を残しています。
本件のような裁判所の判断が集積し、国際的な非難を浴びるようになりました。本判決の2日後、ヨーロッパ議会は、日本人による子の連れ去り事案の多さや、面会交流制度の実効性の不備に関する憂慮を表明する決議を採択しています。そして、今般、我が国においてようやく、離婚後の共同親権を認める法案が可決されました(令和6年4月)。共同親権制度の開始により、裁判所の判断がどのように推移をしていくのか。本判決は、共同親権制度が何に対する反省のもとに成立したかを改めて想起させるものとして、また、そうした文脈で今後も繰り返し振り返られ続ける対象として、意義を持ち続けるものと言えるでしょう。