1 事案の概要
今回紹介する判例は、元夫が、子供が元妻の父母と養子縁組をしたことを理由に、養育費の免除を求めた事例に対する東京高裁決定です(判タ1521号118頁)。
原審である千葉家裁は、元妻の父母が満82歳と満78歳であり、生産年齢(15歳以上64歳以下)を大きく外れているとして、元夫の主張を認めませんでした。元夫は,これを不服として即時抗告しました。高裁は、元夫側の主張を認めました。
通常、離婚後に養子縁組をすると、養親が第一次的扶養義務者となり、実親は、養親が十分に扶養義務を履行できないときに限り、その義務を負担するとされています。つまり、養親が子供を育てられる場合は、実親の養育費の支払いは免除されます。子供に対する扶養義務の一次的な責任が、養子縁組により、養親に移るからです。今回は、その養親が極めて高齢であることから、実親も扶養義務を引き続き負うべきではないかが争いになったのです。
2 原審の判断
まず、原審である千葉家裁(令和4年9月29日決定)は、以下のとおり判断しました。
・・・一般的に,未成熟の子が養子縁組をした場合には養親が第一次的扶養義務者となり,実親は,養親が十分に扶養義務を履行できないときに限りその義務を負担すると言われているのは,権利者,すなわち,当該未成熟の子の親権者が再婚し,その再婚相手と養子縁組した場合を想定した解釈であり,また,第一次的扶養義務者となる養親が,いわゆる生産年齢(15 歳以上 64 歳以下)であること,あるいは,これを外れている場合であっても,少なくとも当面は就労を継続できる蓋然性が認められることを当然の前提としていると解すべきである。しかし,これを本件についてみると,未成年者が養子縁組をしたことは認められるが,その養親となったのは満 82 歳の母方祖父と満 78 歳の母方祖母であって,上記解釈が想定する事案と異なる上,両名の年齢からすると,両名は生産年齢を大きく外れ,当面就労を継続できる蓋然性があるともいい難いものといわざるを得ない。
したがって,未成年者と母方祖父及び母方祖母との養子縁組により,申立人が第一次的扶養義務を免れた旨の申立人の・・・主張は,採用することができない。
千葉家裁は、「離婚後に養子縁組をすると、養親が第一次的扶養義務者となり、実親は、養親が十分に扶養義務を履行できないときに限りその義務を負担する」という解釈が、あくまでも再婚相手と養子縁組をした場合を想定した解釈であるとしました。
そして、その解釈は、養親が、①生産年齢(15歳以上64歳以下)であること、または②就労を継続できる蓋然性(高い可能性)があることを当然の前提としているとしました。
その上で、本件では、養子縁組をした養親が82歳と78歳の高齢であり、上記①も②も認められないことを理由に、養親がいる場合は実親は扶養義務を免れるという解釈は通用しないとして、元夫の扶養義務を認めました。
しかし、抗告審である東京高裁は、この判断を覆したのです。
3 東京高裁の判断
東京高裁(令和5年6月13日決定)の判断は以下のとおりです。
ア 母方祖父母は,本件養子縁組により,同居の孫である未成年者を養子としたところ,一般に,未成年者との養子縁組には,子の養育を全面的に引き受ける意思が含まれると解される上,未成年者養子制度の目的からいっても,未成年者に対する扶養義務は,第一次的には養親が負い,非親権者である実親は,養親が無資力その他の理由で十分に扶養義務を履行できないときに限り,次順位で扶養義務を負うものと解される。
これを本件について見るに,母方祖父母は,25 年以上にわたり,不動産の委託管理,駐車場の経営等を目的とする同族会社である D の代表取締役又は取締役を務め,その本店及び母方祖父母宅の敷地である土地を共有し,D は,E 内に宅地を所有していることは,前記認定のとおりである上,当裁判所が,相手方に対し,母方祖父母の年収が分かる資料及び資産の全体を記載した陳述書等の資料の提出を求めたにもかかわらず,何らの資料が提出されなかったことからすると,養親である母方祖父母は,無資力その他の理由により十分に未成年者の扶養義務を履行することができないと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる資料はない。
以上によれば,本件養子縁組により,未成年者に対する第一次的な扶養義務者は,養親である母方祖父母となり,未成年者の実父である抗告人は,第一次的な扶養義務者ではなくなったことが認められる上,養親である母方祖父母が無資力その他の理由により十分に扶養義務を履行することができないときに当たるということもできないので,本件においては,前件調停条項 3 項の基礎とされた事情に変更が生じ,当初の調停合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至ったというべきである。
イ これに対し,相手方は,①養子縁組によって実親の扶養義務が消滅するのは,監護親である実親が再婚し,再婚相手と未成年者が養子縁組をして,実親,養親及び未成年者が家族を形成し,非監護親である実親の権利も義務も排除して子の養育を引き受ける場合を前提としており,祖父母や他の親類が養親となる場合は,実親の存在を排除していないこと,②本件養子縁組後も,相手方は実母として,抗告人からの養育費と自己の収入により未成年者を監護養育してきたことからすると,本件養子縁組をもって,養親である母方祖父母が未成年者の扶養義務を引き受けたと見ることはできず,本件養子縁組の事実は養育費を減額すべき事情の変更には当たらない旨主張する。
しかしながら,上記①の点については,祖父母が未成年者である孫と養子縁組をする場合(民法798 条ただし書)でも,未成年者は養父母の共同親権に服することになる以上(同法 818 条 1 項ないし 3 項),養父母は,法的には未成年者の扶養義務を全面的に引き受ける意思を表示したとみるのが自然であり,従前の非監護親である実親に対しては,養父母が無資力その他の理由で十分に扶養義務を履行できないときを除き,同順位での扶養義務の履行を求めるべき理由は見当たらない。上記②の点についても,本件養子縁組当時,母方祖父は 76 歳,母方祖母は 72 歳であり,母方祖父母が,抗告人に対し,未成年者(当時 7 歳)の養育費の分担を事実上期待する意思を有していたとしても不自然ではないが,前記認定説示のとおり,本件においては,養親である母方祖父母が無資力その他の理由により十分に扶養義務を履行することができないときに当たると認めることができない以上,非監護親である実父に対し,養親である母方祖父母と同順位の扶養義務を課すことはできない。したがって,相手方の上記主張は採用することができない。
ウ 相手方は,相手方が,抗告人の不貞によって,心身に不調を来たして母方祖父母宅に戻った後,相手方に不慮の事故等があった場合に,母方祖父母に未成年者の面倒を見てもらうために本件養子縁組がされたという経緯からすれば,抗告人が本件養子縁組の事実をもって扶養義務を免れたと主張することは信義則に反するとも主張する。
しかしながら,相手方が本件養子縁組をした趣旨や動機によって,未成年者に対して第一次的に扶養義務を負う者が変わるというのも相当とは解されないから,抗告人が本件養子縁組の事実をもって第一次的な扶養義務者ではなくなった旨主張することが,信義則に反するということはできない。
したがって,相手方の上記主張も採用することができない。
東京高裁は、千葉家裁と異なり、「離婚後に養子縁組をすると、養親が第一次的扶養義務者となり、実親は、養親が十分に扶養義務を履行できないときに限りその義務を負担する」という解釈を維持しました。この解釈は、養子縁組制度の目的から導かれるものであり、再婚相手と養子縁組をした場合に限られるものではないとしたのです。養子縁組制度が、そもそも扶養義務者を変更することをダイレクトな目的とするものですから、東京高裁の判断は支持されるでしょう。
その上で、東京高裁は、本件の養親が本当に扶養義務を履行できないのかどうかを審理しました。結果として、扶養義務を履行できないとは言えないとみなし、実親の義務を免除したものと言えます。
また、東京高裁は、養子縁組をした経緯や動機は、第一次的な扶養義務の認定に影響しないとしています。この点も重要な先例としての価値をもつと言えます。
4 本決定の意義
これまでも、本決定の「未成年者に対する扶養義務は、第一次的には養親が負い、非親権者である実親は、養親が無資力その他の理由で十分に扶養義務を履行できないときに限り、次順位で扶養義務を負うものと解される。」という判断基準については、判例で示されてきていました(東京高裁令和2年3月4日決定など)。
しかし、本件においては、養子縁組をした目的や、養親の年齢に関わらず、養親に扶養義務の履行が困難であるという事情がない限り、養親が扶養義務を負うという明快な判断がされたという点で、重要な意義があると言えるでしょう。