1 事案の概要
本件は、元夫が元妻に対して、子供達が元妻の再婚相手と養子縁組をしたことを理由に、養育費の免除を求めた事案です。原審である東京家庭裁判所は、養子縁組成立の日から養育費の免除を認めました。
東京家庭裁判所の判断は以下のとおりです。
(東京家裁令和元年12月5日決定 判タ1484号128頁)
・・・養子縁組によって利害関係参加人が未成年者らの扶養を引き受けたという事情の変更は,専ら相手方側に生じた事由である上に,相手方において,当該養子縁組以降,申立人から養育費の支払を受けられない事態を想定することは十分に可能であり,また,相手方が当該養子縁組の事実を遅滞なく申立人に通知したことを認定するに足りる的確な資料もないことなどからすると,申立人が相手方に対して支払うべき未成年者らの養育費を零にすべき始期は,利害関係参加人が未成年者らと養子縁組した平成27年12月15日とするのが相当である。
しかし、この決定に対して、元妻は、高裁に対して、養育費の免除が認められるのは、あくまでも元夫から本養育費減額調停が申し立てられた月からであるとして、不服を申し立てました。
2 東京高裁の判断
高裁は、本件について、以下の理由から、養育費の免除が認められるのは、養子縁組成立の日からではなく、元夫から本調停申立ての日からと判断しました。
東京高裁の決定は以下のとおりです。
(東京高裁令和2年3月4日決定 判タ1484号126頁)
一度合意された養育費を変更する場合に,その始期をいつとすべきかは,家事審判事件における裁判所の合理的な裁量に委ねられていると解されるところ,本件の具体的事情に応じて,以下この点につき検討する。
前記1によれば,相手方は,本件調停申立ての前月である平成31年4月まで,本件合意に基づき未成年者らの養育費を支払っており,未成年者らと抗告人Bの養子縁組の翌月(平成28年1月)以降の相手方による支払済みの毎月の養育費は合計720万円に上る上,相手方は,長女のG留学に伴う授業料も支払っている。このような状況の下で,既に支払われて費消された過去の養育費につきその法的根拠を失わせて多額の返還義務を生じさせることは,抗告人らに不測の損害を被らせるものであるといわざるを得ない。
また,相手方は,抗告人Aから,平成27年11月22日の再婚後間もなくの同月24日に,再婚した旨と,未成年者らと抗告人Bが養子縁組を行うつもりであるとの報告を受けている(前記1における引用に係る原審判「理由」第2の1(7)(補正後のもの))。したがって,これにより相手方は,以後未成年者らにつき養子縁組がされる可能性があることを認識できたといえ,自ら調査することにより同養子縁組の有無を確認することが可能な状況にあったというべきである(この点につき相手方は,同年12月15日にされた未成年者らの養子縁組につき,同月18日に抗告人Aから未だこれがされていないとの虚偽の報告を受けた旨主張するものの,この点を裏付ける客観的資料は提出されていない上,仮に,同日時点で抗告人Aがそのような報告をしたとしても,その後も未成年者らにつき養子縁組が行われる可能性はずっと継続していたのであるから,相手方において同縁組の有無を知ろうとする意思があれば,自らの調査により同縁組の事実を確認することが可能であったことは何ら否定されない。)。したがって,相手方は,抗告人Aの再婚や未成年者らの養子縁組の可能性を認識しながら,養子縁組につき調査,確認をし,より早期に養育費支払義務の免除を求める調停や審判の申立てを行うことなく,3年以上にもわたって720万円にも上る養育費を支払い続けたわけであるから,本件においては,むしろ相手方は,養子縁組の成立時期等について重きを置いていたわけではなく,実際に本件調停を申し立てるまでは,未成年者らの福祉の充実の観点から合意した養育費を支払い続けたものと評価することも可能といえる。
以上の事情を総合的に考慮すれば,相手方の養育費支払義務がないものと変更する始期については,本件調停申立月である令和元年5月とすることが相当である。
以上の通り、まず、元夫は、本件調停申立ての前月まで,合意に基づき子らの養育費を支払っていたため、高裁は、今になって多額の養育費を元夫に返還させる結論は、元妻にとってはあまりにも酷であるという趣旨の判断をしました。
そして、高裁は、元妻は、元夫に対して、再婚後すぐに再婚した旨と、再婚相手と子らの養子縁組を行うつもりである旨を伝えていたことを重視しました。その上で、元夫が、3年以上、720万円もの養育費を支払続けたのであるから、元夫は、養子縁組の成立時期等について重きを置いていたわけではなく、未成年者らの福祉の充実の観点から合意した養育費を支払い続けたものと評価できると判断したわけです。
3 深堀り解説!
養育費については、元妻が再婚をして再婚相手と子が養子縁組をした場合、子の扶養義務は一次的には元妻の再婚相手である養親が負うことになります。そのため、元妻や元妻の再婚相手に扶養することができない特別な事情がない限り、元夫の養育費の支払い義務は消滅します。
ただ、養育費について公正証書や調停調書で取り決めがされていた場合は、改めて、公正証書で取り決めを行うか、養育費の減額調停を行うことが必要となります。
そのため、本件においても、元夫は、養子縁組がなされた日からの養育費の支払い免除を求めて、養育費減額調停の申し立てを行ったわけです。
これについて、原審は、養子縁組がなされた日からの免除を認めており、理論的に考えれば、こちらの考えが正しいように思えます。
しかし、高裁は、①一度支払われたものを返還させることは元妻に不測の損害をもたらすという点と、②元夫が子の養子縁組を知ろうと思えばしろうと知ることができたという点を重視し、調停申立月からに限り支払い義務消滅が消滅すると判断しました。
これに関してはさまざまな異論がありうるところですが、多くの裁判例は、元夫がすでに支払っている部分を返還する結論に至る判断は取らない傾向にあります。今回の東京高裁も、そうした傾向に沿った判断といえます。
4 本決定の意義
離婚後に子の養子縁組が行われた場合、元夫の養育費の支払い義務を消滅させられます。しかし、現実的には、裁判所は申立てのあった月から養育費を免除する傾向にあります。それは、今回の高裁決定だけではなく、他の裁判例などからも伺える傾向です。そのため、養育費が免除される前提が整っていたとしても、一度支払ってしまった分の返還を求めることは難しいということが分かります。
しかし、元夫としては、何も知らせられないまま養子縁組がされていてしまうと、子供の戸籍の確認は頻繁にするものでもないので、本来支払い義務が消滅しているはずの養育費を支払ってしまう可能性が高くなります。
そのため、このような事態を防ぎたい場合は、養育費の取り決めの際、子の養子縁組をした場合は通知するという旨の条項を入れることや、養子縁組があれば直ちに支払い義務が消滅するという明確な文言を条項に入れておくことが対策として考えられるでしょう。
また、再婚相手と養子縁組をすれば養育費の支払いは免除されるという知識を持ち、年に1回程度、子供の戸籍を確認する、というルーティーンを作っても良いと思います。
今回の決定内容のご紹介により、多くの方々がベストな対応を取っていただけるようになれば幸いです。