嫡出否認ができなくなった子供の養育費請求。権利濫用として認められない!重要判例解説:最高裁平成23年3月18日判決

今回ご紹介する判例は、妻が他の男性との間で子供を作ったものの、それを夫に述べず、夫は自分の子供だと誤解したまま子供を育てていたという事案です。その後、離婚する際に、妻が当該子供の養育費を請求をすることが認められるのか問題となりました。

1 嫡出否認の訴えの期間を過ぎれば、父子関係を争えなくなる

今回の裁判例を読み解く前提として、嫡出否認の訴えについて確認しておきましょう。

民法では、婚姻中に妻が妊娠をした場合、夫の子供だと推定されます。

(嫡出の推定)

第七百七十二条 妻が婚姻中に懐胎した子は、当該婚姻における夫の子と推定する。女が婚姻前に懐胎した子であって、婚姻が成立した後に生まれたものも、同様とする。

そのため、夫が子供との血縁関係を疑い、自分の子供であることを争う場合は、嫡出否認の訴えを提起しなければなりません。

(嫡出の否認)

第七百七十四条 第七百七十二条の規定により子の父が定められる場合において、父又は子は、子が嫡出であることを否認することができる。

ところが、嫡出否認の訴えは、その提訴期間が短いという問題があります。

(嫡出否認の訴えの出訴期間)

第七百七十七条 次の各号に掲げる否認権の行使に係る嫡出否認の訴えは、それぞれ当該各号に定める時から三年以内に提起しなければならない。

一 父の否認権 父が子の出生を知った時

夫は、子供の出生を知ってから、3年以内に訴えを提起しなければなりません(本事件の時は、法律が改正する前のため、提訴期間は「1年」でした。)。「子供の出生を知ってから」3年であり、「子供が自分の子でないことを知ってから」ではありません。そのため、生まれてから3年以内に自分の子でないことに気づかなかった場合は、もはや親子関係を争うことができなくなります。親子関係がある場合、夫は父として、子供を扶養する義務を負うことになります。

今回の事件では、夫が、自分の子供でないことを知ったのが、子供が出生してから7年経過後でした。そうした場合で、妻とその後離婚する際、妻による養育費請求により子供の養育費を払わなければならないのか、問題となりました。

2 最高裁の判断

最高裁は、まず、以下の通り述べ、夫が子供との法律上の親子関係を争うことができなくなった経緯の問題点を指摘しました。

(最高裁第二小法廷平成23年3月18日判決 集民236号213頁)

(1) 前記事実関係によれば,被上告人(注:妻のこと)は,上告人(注:夫のこと)と婚姻関係にあったにもかかわらず,上告人以外の男性と性的関係を持ち,その結果,二男を出産したというのである。しかも,被上告人は,それから約2か月以内に二男と上告人との間に自然的血縁関係がないことを知ったにもかかわらず,そのことを上告人に告げず,上告人がこれを知ったのは二男の出産から約7年後のことであった。そのため,上告人は,二男につき,民法777条所定の出訴期間内に嫡出否認の訴えを提起することができず,そのことを知った後に提起した親子関係不存在確認の訴えは却下され,もはや上告人が二男との親子関係を否定する法的手段は残されていない。

その上で、最高裁は、養育費の請求ができなくとも、すでに十分な婚姻費用を受給しており、多額の財産分与を受ける以上は、さらに夫に対して養育費を認めるのは過大だと指摘しました。

(続き)

他方,上告人は,被上告人に通帳等を預けてその口座から生活費を支出することを許容し,その後も,婚姻関係が破綻する前の約4年間,被上告人に対し月額150万円程度の相当に高額な生活費を交付することにより,二男を含む家族の生活費を負担しており,婚姻関係破綻後においても,上告人に対して,月額55万円を被上告人に支払うよう命ずる審判が確定している。このように,上告人はこれまでに二男の養育・監護のための費用を十分に分担してきており,上告人が二男との親子関係を否定することができなくなった上記の経緯に照らせば,上告人に離婚後も二男の監護費用を分担させることは,過大な負担を課するものというべきである。

さらに,被上告人は上告人との離婚に伴い,相当多額の財産分与を受けることになるのであって,離婚後の二男の監護費用を専ら被上告人において分担することができないような事情はうかがわれない。そうすると,上記の監護費用を専ら被上告人に分担させたとしても,子の福祉に反するとはいえない

そして、結論として、妻による養育費請求は権利の濫用に当たるものとして、認めませんでした。

(2) 以上の事情を総合考慮すると,被上告人が上告人に対し離婚後の二男の監護費用の分担を求めることは,監護費用の分担につき判断するに当たっては子の福祉に十分配慮すべきであることを考慮してもなお,権利の濫用に当たるというべきである。これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

3 本判決の意義

今回の最高裁判例は、妻が事実を隠したことで、夫が嫡出否認の訴えを提起できなくなったことによる不合理さが強調されました。この点は、制度上の問題でもあります。令和6年4月1日から施行された改正法では、嫡出否認の訴えが可能な期間を、「子が出生してから3年」に伸ばされました。ただ、これが十分なものかは議論がありうるところです。

一方で、最高裁は、夫による養育費の支払いがなくても、子の福祉に反するとはいえないという点も重視しています。今回でいうと、夫による多額の財産分与などにより、子供の今後の生活に著しい影響は及ばないことが示されています。

したがって、逆に、夫から十分な財産分与などが行われない見込みの場合は、子供の生活のために、養育費の支払いが権利の濫用に当たらないとみなされる可能性も残されているということです。

今回の判例は、夫が嫡出否認の訴えを提起できなくなったという不条理さと、子の福祉(子の今後の生活の確保)という要請を比較検討して判断されたものと言えるでしょう。今後同様の事案が問題になる際に、本判決は重要な指標を与えてくれるものと言えます。

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