今回紹介する裁判例は、元夫婦間で取り決めた養育費を請求する場合、審判ではなく、訴訟手続によらないとした東京高裁令和5年5月25日決定(「家庭の法と裁判」49号70頁)です。実務に及ぼす影響が多大ですので、ぜひ確認してください。
1 これまでの実務運用
これまで、元夫婦間で養育費の金額を取り決めた際でも、相手がそれを守らない場合、家庭裁判所に養育費の支払いを求めて調停や審判を申し立てる(それによって強制執行ができるようにする)のが、一般的によく見られる光景でした。
本来、養育費に関して、家庭裁判所の役割は、民法上の扶養請求権に基づき、その具体的な金額を決定することにあります。したがって、金額を当事者間で合意している場合は、必ずしも家庭裁判所の出番とは思えません。しかし、家庭裁判所の手続は簡略的な非公開手続きのため、早期の解決を期待できます。そのため、元夫婦間で養育費の取り決めをしていた場合でも、家庭裁判所に申し立てをして解決するケースが多かったのです。
もちろん、これまで、すでに元夫婦間で養育費の金額の取り決めをしていた場合に、地方裁判所に訴え提起をするケースもありました。
例えば、東京地裁平成26年5月29日判決は、以下の通り述べて、合意に基づいた養育費の支払いがされない場合に、地方裁判所に訴え提起することは認められることを明言していました。
(東京地裁平成26年5月29日判決 ウエストロー・ジャパン搭載)
原告は,本件請求により,長女Aの養育費の請求を行うものであるが,かかる請求については,民法上の扶養請求権に基づくものであるから,その程度又は方法については,まず当事者間で協議をして定め,当事者間の協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,家庭裁判所がこれを定めることになるのが原則である(民法879条,家事事件手続法4条)。
他方で,扶養権利者である長女Aの親権者として同人を養育する立場にある原告が被告との間で,長女Aを養育するために要する費用の給付について合意したときは,その合意は,私法上の合意として有効であり,これに基づいて,民事訴訟により,その給付を請求することができることは否定する理由はない。
注意が必要なのは、この東京地裁判決は、「民事訴訟により、その給付(合意に基づく養育費の支払い請求のこと)を請求することができることは否定する理由はない」としており、民事訴訟に基づかなければならないとまでは言っていなかった点です。むしろ、「家庭裁判所がこれを定めることになるのが原則」と述べており、家庭裁判所で手続きを行うことを望ましく捉えていたことがわかります。
ところが、今回の東京高裁令和5年5月25日決定は、こうした東京地裁の判断とは異なり、まさに、一歩踏み出した判断を下したのです。
2 東京高裁の判断
東京高裁は、以下の通り述べ、合意に基づく養育費の支払い請求は、審判ではなく、民事訴訟によらなければならないことを明言しました。
(東京高裁令和5年5月25日決定(「家庭の法と裁判」49号70頁)
前記認定事実のとおり、当事者間には、抗告人が相手方に対し、子らの養育費として、令和3年1月6日から子らがそれぞれ高校を卒業する3月まで、子1人につき月額3万円を支払う旨の本件合意が存在するものと認められるところ、相手方が、本件合意に基づき、抗告人に対し、子らの養育費を支払うよう命じることを求める場合には、地方裁判所に対し、抗告人を被告とする訴えの提起をし、判決を求める民事訴訟手続によるべきであって、これを家庭裁判所に対して求めることはできない。
東京高裁は、合意に基づき養育費の支払いを求める場合は、民事訴訟手続によるべきであり、家庭裁判所に対して求めることはできないとまで踏み込んだわけです。
これは、これまでの家庭裁判所における実務運用に変更を迫るものであり、その影響は極めて大きいものと思われます。
3 将来分の請求はどうなる?
地方裁判所等の民事訴訟手続を利用して養育費額を請求する場合、問題となるのは、将来分の請求が認められるのかどうかです。
家庭裁判所の審判手続きで養育費を決定する場合は、将来分も含めて、養育費の金額を確定してもらえます。一方、民事訴訟で判決をもらう場合、将来分が認められるかは、深刻な問題です。民事訴訟では、原則として、すでに弁済期が到来しているもの(すでに支払わなければならないもの)についてのみ判断の対象となるためです。例外的に、相手の履行が期待できず、あらかじめその請求をする必要がある場合にのみ、将来分も判決として認められるケースはありますが、あくまでも例外的な取り扱いです。
今回の東京高裁決定は、民事訴訟の利用により将来分の請求がどうなるかについて言及しておりません。
しかし、すでに当事者間で養育費額を決定した場合には将来分を確定させることができず、一方でそれを決定していない場合には家庭裁判所で将来分も確定させられるという運用になるのは明らかに奇妙であり、公平に反すると言えるでしょう。
したがって、今後、地方裁判所において決められた養育費額の請求を行う場合、家庭裁判所での救済が期待できない以上、将来分の養育費請求も認められることを原則とする運用がなされるものと見込まれます。
今後の判例の推移を見守りたいと思います。