今回紹介する判例は、元妻が子供の親権を取得したものの、子供が児童相談所に一時保護されたことで、夫が払うべき養育費の取り決めが取り消された、東京高裁令和4年12月15日決定です。
本判例で問題となったのは、以下の点です。
・未だ子供の親権については母のもとにあるのに(親権者変更の手続きは継続中だが、まだ確定していない。)、父親の養育費の支払い義務は取り消されるのか。
・養育費の支払い義務が取り消されるとして、それは、子供が一時保護された時からの部分か、それとも養育費の減額審判を申し立てた時点からの部分か。
1 事案の時系列
今回の背景事情を時系列で述べると以下のとおりです。
平成 19年: 夫婦が婚姻
平成 20年: 子供が誕生
平成 22年12月22日: 東京高等裁判所が離婚判決を言い渡し、父親に対して未成年者の養育費として月額16万円を支払うよう命じる
令和3年9月15日: 子供が児童相談所に一時保護される。1年以上それが継続。
令和3年11月18日: 父親が横浜家庭裁判所に親権者変更調停を申し立てるが不成立、審判手続に移行
令和4年5月17日: 父親が横浜家庭裁判所に養育費減額審判を申し立てる
令和4年9月2日: 横浜家庭裁判所が子供の親権者を母親から父親に変更する審判を下す(その後東京高裁で継続中)
子供が児童相談所に保護されたことで、養育費の支払い義務は取り消されるのでしょうか?それでは、裁判所の判断を見ていきましょう。
2 親権はまだ母親側だが、父親の養育費支払い義務は取り消し
まず、一つ目の問題、つまり、未だ子供の親権については母のもとにあるのに(親権者変更の手続きは継続中だが、まだ確定していない。)、養育費の支払い義務が取り消されるのかという点について、東京高裁は以下のとおり判断しました。
東京高裁令和4年12月15日決定 判例タ1526号115頁
(1) 家庭裁判所は,養育費に関する判決が確定した場合であっても,その判決の基礎とされた事情に変更が生じ,従前の判決の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合には,事情の変更があったものとして,その変更又は取消しをすることができる(民法 880 条)。
(2) 前記認定事実によれば,抗告人は,令和3年9月15日に未成年者が児童相談所に一時保護されて以来,現在に至るまで,未成年者を現実に監護養育していないこと,横浜家庭裁判所は,令和4 年9月2日,未成年者の親権者を抗告人から相手方に変更する旨の審判をしたことが認められる。
以上によれば,相手方に対して未成年者の養育費として月額 16 万円を抗告人に支払うよう命じた前件判決主文第 4 項は,実情に適合せず相当性を欠くに至ったと認められるので,これを取り消すのが相当であ(る)
つまり、東京高裁は、子供が児童相談所に一時保護されており、母親が現実に監護養育していないことを重視して、かつて東京高裁が養育費について判断した時とは前提事情が異なる(事情の変更があった)としました。そして、母親が監護を担っていない以上は、母親に対する養育費の支払い義務は生じないとして、養育費の支払い義務を取り消しました。
この東京高裁の判断がなされた時点では、親権者の変更については未だ争われている最中です。そのため、母親が親権者であっても、現に監護を担っていない以上は、その母親に対する養育費の支払い義務はなくなる、というのが東京高裁の立場であることがわかります。
3 養育費の支払い義務がなくなるのは、養育費減額審判を申し立てた時から
一方で、二つ目の問題、つまり、父親の養育費支払い義務がなくなるのがいつからかについては、次のように判断されました。
(続き)
・・・取消しの始期については,具体的な養育費分担義務は審判によって形成されるものであることに加え,未成年者は,令和 3 年 9月 15 日時点では児童相談所に一時保護されたにとどまることなどの本件における事情の下では,相手方が横浜家庭裁判所に対して本件養育費減額審判を申し立てた令和 4 年 5 月 17 日からとするのが相当である。
東京高裁は、養育費の分担をどうするかは、あくまでも審判によって具体的に形成されることを理由に、その審判の申立てを基準にすべき旨を述べました。児童相談所への保護が「一時保護」という暫定的な体裁であったことも考慮されたようです。
一般的に、婚姻費用や養育費の支払いや減額・免除の開始月については、申立てをした月からの分というのが家裁実務の運用となっています。そのため、東京高裁はそうした家庭裁判所実務を踏まえた上で、その延長的な判断を行ったものと言えるでしょう。
4 今回の決定から得られる教訓
今回の東京高裁は、養育費の支払い義務を取り消しながらも、あくまでもそれは、父親が養育費の減額審判を申し立てた後の部分としました。つまり、子供が児童相談所に一時保護されてから減額審判の申し立てが行われるまでの間については、母親に養育費を支払い続けなければならない旨の判断をしたと言えます。
そうすると、父親としては、子供が児童相談所に一時保護された段階で、速やかに養育費の減額審判を申し立てていれば、もっと早い時期からの支払い義務を取り消せてもらえた可能性があります。
このような、父親側の対応のスピード如何によって、支払い義務が取り消される範囲が変わるというのは、少々妙に感じるところです。しかし、明確な基準を設けることで、法的な秩序を維持するという必要もありますので、やむを得ない部分もあるのでしょう。
いずれにせよ、こうした裁判例の存在により、養育費や婚姻費用に関しては、スピード感を持って申立ての手続をする必要性を認識させられます。本決定は、そういう側面での意義をも持つと言えるでしょう。
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