事案の概要:度重なる子の負傷と母の監護状況
この事件は、離婚後、子供への虐待を続けていた母親から父親に親権者の変更が認められた事例で、先例としてとても大きな価値があるものです(東京家裁令和2年2月28日決定、東京高裁令和2年6月11日決定。いずれもウエストロー・ジャパン搭載)。
XとYは平成22年に結婚しAをもうけましたが、平成27年にYがAを連れて別居。平成29年9月に裁判離婚が成立し、Aの親権はYが持つことになりました。離婚訴訟の際、裁判官はYがAを主として監護してきた実績や、その後の監護状況の改善を評価し、Yを親権者と定めています。一方、Xについても経済力や居住環境、監護への熱意は評価されるものの、タトゥーやXの両親の高齢といった要素が不安視され、Yの監護に優るとは言い切れないと判断されていました。
しかし、本件離婚後、Yの監護下でAに異変が生じ始めます。
- 問題行動の頻発:平成29年秋頃から、Aは夜尿を繰り返すようになり、さらにはおもちゃ箱やYのスリッパ、カバンの中に排尿・排便をする、便を身体に塗りたくって布団にくるまるなどの行動が顕著になりました。空き缶やペットボトルに尿を貯め、干してある洗濯物にまき散らすこともあったとされています。
- 度重なる身体的負傷:平成30年2月から9月にかけて、Xとの面会交流中にAの顔や身体に複数の痣や傷が確認されました。Yはこれらの怪我について、Aの自傷行為や保育園での怪我であると説明したり、原因が分からないと述べたりしましたが、中には「未成年者が赤ちゃん返りをして悪いことをするようになったため、相手方が叩いてできたもの」や、「しつけのために叩いた」と認めたものもありました。
- 警察・児童相談所の介入:特に平成30年9月17日、XがAの顔に広範囲の痣を発見し、病院を受診させたところ「頭部顔面打撲」と診断されます。これをきっかけに大森警察署から児童相談所へ通告され、Aは一時保護される事態となりました。
- 同居男性Eの存在:Yは離婚後、Eと交際・婚姻し、Aと長女F(Eとの子)と生活していましたが、AはEに対し「恐い」「嫌い」「怒る」「暗い」といった感情を抱いていることがA自身の陳述から明らかになりました。Aは、Eから「嫌なとき、うんち、おしっこしたりとか、Eちゃんがやったのって言うと、はあ、お前がやったんだろって、バシンって」叩かれると具体的に述べています。
- Yの飲酒問題と暴力の継続:Eの供述によれば、Yは毎日大量の酒を飲み、酔うと大声で怒鳴ったり、Aを叩いたりしていたとのことです。Yは飲酒の事実を認めたものの、記憶をなくすことはほとんどないなどと述べています。児童相談所から暴言・暴力によらない養育について指導を受けたにもかかわらず、Yはその後もAに手を上げることがあり、審判期日でも自らの行為を容認する発言をしていました。
東京家庭裁判所の判断:親権者を変更すべき!
東京家庭裁判所(令和2年2月28日決定)は、これらの事実認定に基づき、親権者をYからXへ変更することがAの福祉にかなうと判断しました。
裁判所は、まずYの監護状況について以下の点を問題視しました。
- 負傷の原因と説明の不確かさ:Aの怪我がYまたはEの暴力によるものである疑いが強いとし、仮に暴力によるものでないとしても、Yが負傷の経緯を明確に説明できないことや、Aをすぐに病院に連れて行かなかった点を指摘しました。
- Eの存在とAのストレス:Aの情緒不安定や問題行動が、Eの存在による大きなストレスが原因であったと認め、YがAの心情を理解し配慮する姿勢に乏しいとしました。
- 監護状況改善の見込みの低さ:児童相談所からの指導にもかかわらず、Yがその後もAに手を上げ続け、暴力的な指導を容認する姿勢を示していることから、今後の監護状況の改善が見込めないと判断しました。
- 飲酒問題:Yの飲酒時の言動に問題があるにもかかわらず、Y自身が十分に自覚できていない点を問題視しました。
これに対し、Xの監護態勢については以下の点を肯定的に評価しました。
- XとAの親和性:XとAの面会交流は継続的に実施され、交流場面観察調査やAの陳述からも、XのAに対する関わり方や親和性に問題がないと認めました。
- 監護補助の体制:Xの実家には、Aの監護補助の経験があるXの母など、監護をサポートできる親族がいることを評価しました。
- 居住環境と学習意欲:Xの実家の居住環境に問題がなく、Xが児童相談所からの助言指導を積極的に受け入れる意向を示している点も考慮されました。
結論として、家庭裁判所は「相手方(Y)が引き続き未成年者の親権者として未成年者を監護養育することは、未成年者の福祉を害するおそれがあるといわざるを得ない」とし、「申立人(X)の監護態勢には特段の問題はない」ことから、親権者をXに変更することが子の福祉の観点から相当であると決定しました。
Yは、問題行動がEによるものであったことや、Eとの離婚後は監護状況が安定していると主張しましたが、裁判所はこれらの主張を退けました。
東京高等裁判所の判断:原審を支持!
Yは東京家庭裁判所の決定を不服として東京高等裁判所に抗告しましたが、高等裁判所もまた、家庭裁判所の判断を支持し、抗告を棄却しました。
高等裁判所は、家庭裁判所の認定事実と判断を基本的に踏襲しつつ、以下の点を補足しています。
- Yの監護下における新たな問題:家庭裁判所の決定後、令和2年3月19日にAが登園日ではないにもかかわらず一人で保育園を訪れ、「お母さんがいない」「はぐれた」と述べたこと、保育園がYと夕方まで連絡が取れなかった事実を追加しました。
- 親権者職務停止と暫定的な親権者変更:令和2年4月23日に、高等裁判所がYの親権者としての職務執行を停止し、Xをその職務代行者に選任する決定を下し、Aが同年5月2日以降Xの監護下で生活している事実を加えました。
高等裁判所は、Yが「未成年者に対する暴力について、未成年者の教育及びしつけの範囲を超えるものではなく、知人もほとんどいない土地で、Eの指示に基づく未成年者の問題行動や幼い長女の養育、過酷な経済状況に追い込まれて行ったものであり、Eとの離婚により未成年者の問題行動が収まり、長女の養育の負担も軽減した現在では、抗告人が未成年者に手を上げることはないから、抗告人の未成年者に対する監護養育には問題がない」と主張した点について、以下の通り反論しました。
- 暴力の許容性:Yの置かれた状況が暴力を許容するものではないと断じ、児童相談所の指導後もYが暴力行為を繰り返している点を指摘しました。
- 監護の目配りの不足:Aの負傷の原因を明確に説明できない点で、YにAへの十分な目配りができていないとしました。
- 飲酒状況の問題:Yの飲酒状況に問題があるとの見方を維持しました。
これらの理由から、高等裁判所はYの親権者としての適格性に疑問があるとし、引き続きYを親権者とすることはAの福祉を害するおそれがあると判断しました。
その上で、親権者をXに変更するとした東京家裁の決定を支持しました。
本決定の意義
本決定は、離婚訴訟で親権が母親に決まったにも関わらず、その後の状況の推移により、親権を父親に変更することが決まったという、稀有な事例です。
本件では、子供に対する激しい虐待の事実があり、「いずれが親権者として適切か」という天秤にかけて判断をしたというよりも、そもそも虐待そのものを許さないという裁判所の強い姿勢を見てとることができます。
本決定は、離婚後に子供への虐待が続いているという、たびたび目にする同種事例において、有意な先例として参照されていくものと言えるでしょう。
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