1 事件の概要
今回ご紹介する判例(東京高等裁判所令和5年1月31日決定)は、離婚後、自分の意思で転職や再婚・子の出生をした場合でも、離婚時に取り決められた養育費の減額が認められることを確認した、東京高裁決定です(ウエストロー・ジャパン搭載)。
2 一般的な実務運用
養育費については、離婚時または離婚後に金額を取り決めることになります。そして、一度決まった養育費額は後から変更できないわけではなく、取り決めをした際に前提とされていなかった事情が生ずれば、養育費額を新たに変更できるとするのが実務の運用となっています。
(参考:宇都宮家裁令和4年5月13日決定 ウエストロー・ジャパン搭載)
当事者間において合意された内容を尊重すべきであるが、これを一切変更することが許されないと解するのは相当ではなく、合意の当時に前提とされていなかった事情が後に生じ、従前の合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合には、事情の変更があったものとして、従前の合意の内容を変更することができる
実務では、生じた事情が、「合意の当時に前提とされていたかどうか」が問題になるわけですが、例えば、近い将来に収入の増額や減額が予想される場合でも、不確実な部分がある以上は、合意の当時は前提とされていなかったとされます。そして、実際に収入額が変わった時に変更が認められることになります。
一方、本件では、養育費を支払う側が、転職をした結果収入が下がったこと、さらに再婚をして子供を儲けたことを理由に、養育費の減額を申し立てました。それに対して、養育費を受けていた側が、自分の意思で生じた事情を理由に減額を申し立てるのは、信義に反するとして、反論したものです。
つまり、確かに養育費を合意した当時は前提とはなっていなかった事情が発生したものの、その事情が自ら作り出されたものである場合、養育費を減額することは認められるのかという問題です。ちなみに、従前の家庭裁判所は、こうした場合の減額を認めてきました。
3 東京高等裁判所の決定内容
今回の東京高裁の決定は、この問題について、従前の家庭裁判所の運用を是認する形で、「自分の意思で生じた事情」を理由に養育費を減額することも、原則として認められる旨を再確認しました。
(東京高裁令和5年1月31日決定 ウエストロー・ジャパン搭載)
抗告人は、原審での主張と同様に、相手方の本件減額請求は信義則に反するとし、相手方は、本件の養育費の支払義務を知りながら、再婚、子の出生、多額の住宅ローンの負担、転職などを積み重ね、その結果養育費の減額を求めるのは、相手方の責任により生じ、相手方が負担すべき事情を抗告人に転嫁するもので信義則に反する、また、相手方の現在の収入の主張も信用できないなどと主張する。
しかしながら、養育費は、将来にわたるもので、当事者に身分関係、経済状態等の変化が生じることはやむを得ないことであり、それらが生じて養育費算定の基礎事情が変更し、それに照らして義務者が負担する養育費が不相当とみられる事態になったときは養育費の増減額を求めることができる性質のものである。したがって、定められた養育費の支払義務は、性質上、将来生じた義務者の経済状況、身分関係の変動を考慮できないものではなく、義務者に養育費を免れるためなど不当な目的が認められない限り、義務者がやむを得ない場合でなく、その意思で転職や婚姻等をした場合は、義務者の責任であって権利者に転嫁できないとして養育費の増減額を認めない考えは、義務者の意思決定の自由を不当に拘束しかねないものであって採用することはできない。そして、本件では相手方に養育費を免れるなどの不当な目的は窺えないことは補正の上引用する原審判に説示のとおりである。また、相手方の収入についても、直近の資料に基づく認定であって不当とはいえない。
東京高裁は、「自分の意思で」転職をした場合などは養育費の減額が認められないとなれば、養育費を支払う義務者の意思決定の事由を不当に拘束するものになるとして、問題視しています。
ただ、上記の判断にあるように、減額を求める側が、養育費を免れるためなどの不当な目的がある場合は、減額は認められません。とはいえ、転職や再婚の際に、養育費を減額できるかもしれないという期待が頭を掠めるくらいであれば、特段の問題はないと考えられます。あくまでも、そうした養育費の減額を主たる目的として転職や再婚をした場合に問題になりうるものです。
今回の東京高裁の判例は、自らの意思で養育費の減額事由を作り出した側による減額請求を、改めて容認したものとして、実務上価値をもつものと言えるでしょう。