今回紹介する判例は、不貞慰謝料事件で、探偵に支払う調査費用(探偵費用)は損害に当たらないとした、東京高裁令和6年1月17日判決(ウエストロー・ジャパン搭載)です。
1 不貞慰謝料で請求できる損害とは
不貞慰謝料事件で請求できる損害は、①「不貞行為から通常生ずべき損害」として実際に発生したもので、かつ、②それが不法行為者にとって「予見可能なもの」である必要があります。この二つを満たすものを、法律用語で、相当因果関係のある損害と言います。
一般的には、慰謝料と弁護士費用の一部がこれに当たります。そして、過去の裁判例では、不貞行為を調査するときに探偵業者に支払った調査費用もこれに当たるとされたケースがあります。
今回の判例でも、第一審である東京地裁令和5年2月22日判決は、探偵業者に支払った調査費用については、不貞相手の住所を確認するための調査も含めて、損害として認めました。
2 原審(東京地裁令和5年2月22日判決)
調査費用に関する、東京地裁の判断は以下の通りです。
(東京地裁令和5年2月22日判決)
・・・被告(不貞相手のこと)及び補助参加人(不貞をした配偶者のこと)は、被告の存在を原告や長女に知られないように行動していたところ、原告は補助参加人の行動調査を調査会社に依頼し、その調査の結果、補助参加人と被告が多数回にわたって、二人きりで補助参加人宅等で滞在し、腕を組む等の身体的接触をしていたこと、被告の氏名及び住所が報告されたことが認められる。上記の経緯に照らすと、被告と補助参加人との不貞行為につき、原告が被告に損害賠償請求をするには、上記の調査会社の調査が必要であったというべきである。
もっとも、約7か月にわたる上記調査のうち、被告と補助参加人との不貞関係が認められた期間は約2か月であることを踏まえると、調査費用のうち約60万円を被告の不貞行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
以上の通り、東京地裁は、不貞行為それ自体や、不貞相手の住所地を特定するために利用された探偵費用については、ほぼ全面的に相当因果関係のある損害として認めたようです。
3 東京高裁の判断
ところが、東京高裁は、この判断を覆し、探偵を使った調査費用は、損害には該当しないものとしました。
東京高裁の判断は以下の通りです。
(東京高裁令和6年1月17日判決)
しかしながら、このような調査会社による調査は、主として不貞行為に関する証拠収集を目的として行われるものであり、配偶者に不貞に関する疑いが生じた場合、直ちに調査会社による調査を利用することが一般的であるとまでは認められず、また、調査会社にどの範囲で調査を命じるかが一義的に明らかであるともいえないから、その費用が、不貞行為から通常生ずべき損害であるということはできない。
このように東京高裁は、一般論として、配偶者に不貞に関する疑いが生じた場合、直ちに調査会社による調査を利用することが一般的であるとまでは認められないとし、調査費用が「不貞行為から通常生ずべき損害」に当たることを否定しました。このことは、不貞行為に基づく慰謝料請求事件において、調査費用は原則として相当因果関係のある損害に該当しないことを宣言したものであり、極めて注目される判断です。
続けて、東京高裁は、そうした損害が不法行為者にとって予見できるかという観点からも検討し、相当因果関係性を否定しました。
(続き)
また、本件においては、控訴人及び補助参加人は、長女が補助参加人宅を不在にしている時に控訴人が補助参加人宅を訪れるなどして、控訴人と長女や補助参加人の母との対面を避け、控訴人の存在を被控訴人や長女に知られないようにしていたことが認められるものの、他方で、控訴人と補助参加人は、補助参加人宅があるマンションの1階ロビーのソファーにおいて、補助参加人が控訴人の膝枕で横になったり、補助参加人宅付近を控訴人が補助参加人の腰に腕を回した状態で歩いたり、二人で外出した際に腕を組んだりしていたのであるから、人目のある場所で、親密な男女関係にあることが窺われるような行動をとっていたものといえる。また、被控訴人は、令和2年7月頃から、補助参加人が、夜遅く帰宅したり、携帯電話の暗証番号を変更し、始終、携帯電話を使用し、入浴中は携帯電話を洗濯機の中に隠したりするなど、補助参加人の行動が変化したと感じ、補助参加人の不貞を疑うようになったことが認められる。
上記の控訴人及び補助参加人の上記行動等の認定事実をも考慮すると、調査会社による調査を利用しなければ、補助参加人が不貞行為に及んでおり、その相手方が控訴人であることを知ることができなかったとまでは認められないから、このような事情の下にある本件においては、調査会社により調査を行うという特別の事情による損害が予見可能であったということもできず、結局、上記調査費用230万5918円が、控訴人の不法行為と相当因果関係にある損害と認めることはできない。
以上の通り、東京高裁は、探偵を使った調査費用について、①通常生ずべき損害かどうか、②不法行為者にとって予見可能な損害かという、両方の視点で検討した結果、相当因果関係にある損害とは認められないと判断したのです。
4 本判決の意義
今回の東京高裁の判断によって、不貞行為に基づく損害賠償請求事件においては、探偵業者へ支払った調査費用を不貞相手に請求できる可能性は極めて低くなったと考えて差し支えないでしょう。
本判決は、今後の不貞慰謝料事案において、探偵費用に関する最重要先例として参照されることになるという意味で、甚大な価値をもつものと言えます。