今回の事件(名古屋高裁令和3年11月17日判決(ウエストロー・ジャパン))は、6年近く別居になっている夫が妻に対して離婚請求をしたものです。本件は、いわゆる「有責配偶者」であるかとどうかは別として、離婚請求が「権利の濫用」にあたるものとして、棄却されました。
1 本件の事案の概要
まず、本件の事案を時系列でみましょう。
平成27年3月 婚姻費用申立て
平成27年9月 妻と、寝たきりの要介護状態の三女のために、婚姻費用14万円を毎月支払うことが審判で決定。妻らが住む自宅の賃料13万円は夫が負担することを前提。
平成29年5月 夫が婚姻費用の支払い停止。さらに、妻らの住む自宅の賃貸借契約を解除。
平成29年8月 妻が婚姻費用について債権差し押さえの申立て→給料が差し押さえられたため、夫は職場を変え、勤務先を知らせず。
令和3年4月22日 名古屋家裁判決
令和3年11月17日 名古屋高裁判決
本件の特徴は、夫が婚姻費用の支払いを回避し続けたことに加え、寝たきりの要介護状態の三女が存在するという点にあります。
2 原審:名古屋家庭裁判所の判決
原審の名古屋家庭裁判所は、婚姻関係が破綻していないと判断して、夫の離婚請求を棄却しました。
名古屋家裁の判断は以下の通りです。
(名古屋家裁令和3年4月22日判決(ウエストロー・ジャパン)
これまでの原告の婚姻費用分担調停に対する態度等に照らすと,未だ扶養が必要な三女について適切な援助を原告に見込むことはできず,このまま原告が被告と離婚すれば,結婚後専業主婦となり,パート等の就労歴はあるものの,子育てをし,障害のある三女を5歳のころから現在に至るまで自宅で30年近くにわたって介護を続け,74歳となった被告は,身体的,経済的,精神的にさらに窮状に陥ることが明らかであり,三女にもその影響は及ぶこともまた容易に想像できるにもかかわらず,原告はこのことについて,十分に思いが至っているとは到底いい難いと認められる。
原告が,今でも,父親として三女のために出来る限りのことをしたいと思っているのであれば,上記事態について思いをめぐらせることで,今一度,原告と被告が夫婦共同生活に向けて話合いをする努力をすることが可能であるというべきである。
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これまでの別居や再同居の状況に加えて,同居期間が平成27年2月25日に別居するまで上記4年9か月を除いてもおよそ30年にわたること等をも勘案すると,別居期間が6年に及んでいることをもって,婚姻関係が破綻しているとは認められない。
本件では、今後の三女の介護が妻に一方的に担われることになるにもかかわらず、夫が生活費の負担を回避し続けたという問題があります。
そうした夫の姿勢を放置すると、その後の三女の介護について、高齢の妻に酷な負担を与えることになりかねません。
原審である上記名古屋家裁は、こうした問題を、婚姻関係が破綻していないという理解の中に落とし込もうとしました。
3 控訴審:名古屋高等裁判所の判決
ところが、その控訴審である名古屋高裁は、以下の通り、婚姻関係自体は破綻していると判断しました。
(名古屋高裁令和3年11月17日判決(ウエストロー・ジャパン)
控訴人は,平成27年2月25日頃に自宅を出て被控訴人と別居し,現在まで6年以上を経過していること,その間,控訴人は離婚訴訟(前訴)の提起や婚姻費用減額調停の申立てを,被控訴人は婚姻費用増額調停の申立てをしているが,控訴人と被控訴人との婚姻関係の修復に向けた話合いなどはなく,双方とも婚姻関係を修復するような行動等を取っていないことからすると,現時点において控訴人と被控訴人との婚姻関係は既に破綻していると認められる。
その上で、夫による離婚請求が権利の濫用に該当するものとしました。
(続き)
このような控訴人のこれまでの行為は,被控訴人や重い障害のある三女に対する不当な仕打ちとも評し得るものであり,現時点で控訴人の離婚請求を認容すると,控訴人は三女の介護を被控訴人に押し付けたまま被控訴人に対する扶助義務を免れることになる(三女に対する扶養義務を免れることにはならないが,控訴人が誠意をもってこれを履行するとは考え難い)一方で,被控訴人は三女と共に社会的・経済的に極めて過酷な状態に置かれることになるといえる。したがって,被控訴人が婚姻関係の継続を強く望んでいることをも踏まえると,婚姻関係破綻の原因が専ら控訴人にあるものとして控訴人が有責配偶者に当たるかどうかは別として,控訴人が被控訴人に対して民法770条1項5号による離婚請求をすることは,著しく社会正義に反するもので,権利を濫用するものといわざるを得ない。
注意が必要なのは、今回の判断は、いわゆる有責配偶者からの離婚請求という枠組みから外れた、より広い意味での権利濫用の枠組みで判断をしたという点です。
婚姻関係の破綻それ自体に対する夫の責任は限定的であることを念頭に、名古屋高裁は、それでも妻と三女を救済する措置として、こうした一般条項である権利濫用の概念を利用しました。非常に稀有な事例といえます。
いわゆる有責配偶者による離婚請求以外のケースでも、離婚請求が権利の濫用に該当する場合が認められたという点で、本裁判の先例としての価値は高いものと言えるでしょう。