今回紹介する判例は、7年間の別居期間があるにも関わらず、離婚を求める配偶者自身が夫婦間の話し合いを拒絶しているケースにおいては、婚姻関係が破綻しているとは言えない(離婚は認められない)とした東京高裁平成30年12月5日判決(判タ1461号126頁)です。
1 別居期間が3年〜5年あれば離婚が認められるのが一般的
日本では、相手の意思とは関係なく、強制的に離婚を認めてもらうには、民法770条に挙げられている、法定離婚事由のいずれかが必要です。
民法第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
多くの場合、最後の「五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。」にあたるかが争われます。
さして、もし、別居期間が3年以上あれば、それだけで離婚は認められる傾向にあり、別居期間が5年以上となれば、こちらに不貞などの責任がない限りは、「婚姻を継続し難い重大な事由がある」として、離婚は認容されるのが普通です。
ところが、本判決(東京高裁平成30年12月5日判決)は、別居期間が7年間あるにも関わらず、離婚を求める配偶者が話し合いを一切拒否していることを理由として、「婚姻を継続し難い重大な事由」がないとしました。
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2 東京高裁の判断
東京高裁の判断内容は以下の通りです。少し長いですが、引用します。
(東京高裁平成30年12月5日判決)
2 第1審原告の離婚請求の当否について
(1)婚姻も契約の一種であり,その一方的解除原因も法定されている(民法770条)が,解除原因(婚姻を継続し難い重大な事由)の存否の判断に当たっては,婚姻の特殊性を考慮しなければならない。殊に,婚姻により配偶者の一方が収入のない家事専業者となる場合には,収入を相手方配偶者に依存し,職業的経験がないまま加齢を重ねて収入獲得能力が減衰していくため,離婚が認められて相手方配偶者が婚姻費用分担義務(民法752条)を負わない状態に放り出されると,経済的苦境に陥ることが多い。また,未成熟の子の監護を家事専業者側が負う場合には,子も経済的窮境に陥ることが多い。一般に,夫婦の性格の不一致等により婚姻関係が危うくなった場合においても,離婚を求める配偶者は,まず,話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように努力すべきであるが,家事専業者側が離婚に反対し,かつ,家事専業者側に婚姻の破綻についての有責事由がない場合には,離婚を求める配偶者にはこのような努力がより一層強く求められているというべきである。また,離婚を求める配偶者は,離婚係争中も,家事専業者側や子を精神的苦痛に追いやったり,経済的リスクの中に放り出したりしないように配慮していくべきである。ところで,第1審原告は,さしたる離婚の原因となるべき事実もないのに(第1審原告が離婚原因として主張する事実は,いずれも証明がないか,婚姻の継続を困難にする原因とはなり得ないものにすぎない。),南品川に単身赴任中に何の前触れもなく突然電話で離婚の話を切り出し,その後は第1審被告との連絡・接触を極力避け,婚姻関係についてのまともな話し合いを一度もしていない。これは,弁護士のアドバイスにより,別居を長期間継続すれば必ず裁判離婚できると考えて,話し合いを一切拒否しているものと推定される。離婚請求者側が婚姻関係維持の努力や別居中の家事専業者側への配慮を怠るという本件のような場合においては,別居期間が長期化したとしても,ただちに婚姻を継続し難い重大な事由があると判断することは困難である。第1審被告が話し合いを望んだが叶わなかったとして離婚を希望する場合には本件のような別居の事実は婚姻を継続し難い重大な事由になり得るが,話し合いを拒絶する第1審原告が離婚を希望する場合には本件のような別居の事実が婚姻を継続し難い重大な事由に当たるというには無理がある。したがって,婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないから,第1審原告の離婚請求は理由がない。
以上をまとめると、東京高裁は、以下の判断をしたものと整理できるでしょう。
①一般的に、離婚を求める配偶者は、まずは話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように努力すべきである。
②家事専業側が離婚に反対している場合には、そのような努力は一層強く求められる。
③離婚を求める配偶者が話し合いを拒絶する状況下では、特に家事専業側が離婚に反対している場合、別居の事実は、婚姻関係の破綻の理由にはならない。
この事案では、別居期間が7年間にも及んでいました。そうした状況下でもなお、東京高裁は、上記の点を指摘して、婚姻関係は破綻していないと述べたのです。
そして、東京高裁は、いわゆる専業主婦の立場(とりわけ離婚後の生活の困窮)に対して深い理解を示し、そうした立場の方々を救済すべきというスタンスを明確に打ち出したと言えます。もっとも、昨今の社会事情を考えると、専業主婦を選択することは自己責任の一つとも言えますので、今後も異論は出てくるでしょう。
ただ、本件は、離婚を求める配偶者側が有責配偶者にも該当する事案でした。東京高裁は、有責配偶者という点からも審理をし、今回の離婚請求は信義に反するとして棄却しています。結局、今回の東京高裁は、離婚を求める配偶者側の不誠実さを、①婚姻関係が破綻しているかどうか、②離婚請求が信義に反するかどうかという2点で考慮をしたものと言えるでしょう。
3 本判決の意義
「別居期間が3年から5年程度あれば婚姻関係は破綻したとして離婚が認められる。」
これは、法律実務家たちの一般的な定式です。しかし、本判決は、仮に別居期間が5年以上あるケースであっても、離婚を求める配偶者が、当初から一切の話し合いを拒否しているケースにおいて、上記定式が通用しないことがあり得ることを指摘した点で、重要な先例価値があります。
実際、弁護士のアドバイスにより、別居期間を稼いで離婚を請求するというケースは多いです。そうした中、別居前後において、十分な話し合いが行われていたかどうかも、しっかりと検討されなければならないという点は、今後の離婚訴訟実務において重要な考慮事項となるでしょう。
また、配偶者の一方がいわゆる専業主婦に該当する場合は、その生活保障の観点からの検討が不可欠であることを示した点も、実務に影響を及ぼすものと言えます。
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