平成28年3月18日福岡家庭裁判所判決(親権ー10歳児の意思尊重)

この判決(平成28年3月18日福岡家庭裁判所判決/WLJ搭載)は、夫から妻に対する離婚請求を認容したものであるところ、主に、子供である長女(判決時点で10歳)の親権をどちらが持つかで争われました。
この事案では長女の弟である長男がいましたが、長女は夫が、長女は妻が親権を持つ結論となりました。いわゆる兄弟不分離の原則を維持しなかった判決としても先例としての価値はありますが、10歳児の意思を尊重した事例という意味でも、その参照価値は高いものと言えます。

1.事案の流れ

本事案は判決までの経緯が複雑ですが、大まかな流れは以下の通りです。

  • 家族4人で同居↓
  • 夫の購入した住居に皆で引っ越し↓
  • 妻の態度が変わり、同人が長女に対して厳しいしつけ(時に八つ当たり)↓
  • 妻による長女に対する暴言が増える↓
  • 妻、長女と長男を連れて夫と別居↓
  • 夫、長女・長男と面会交流する際に交際相手にも会わせる↓
  • 長女、家出を重ね父親を頼る↓
  • 夫、長女を引き取る(夫の交際相手も長女の面倒をみる)↓
  • 夫が長女の面倒を四十見られないなどの問題が生じる↓
  • 長女、夫の母親(長女にとって祖母)宅で生活を始める

2.監護を母親に丸投げといえるか?

さて、結論として、本件では夫が長女の親権を取得しましたが、妻側は、夫が長女の監護を夫の母親に丸投げしていると主張していました。
これに対する福岡家裁の判断は以下の通りです。

①原告(注:夫)宅での監護には,問題が生じており,当庁家庭裁判所調査官も,原告の母に長女の監護を委ねることを含め,あらゆる可能性の検討が求められるとの意見を述べていたこと,②原告母宅へ転居することは長女の意向を受けてのものでもあったこと,③長女は,新しい環境になじみ,目下のところで生活上で心配な点はうかがわれないこと,④原告は,日常的に長女と生活をともにすることはできないものの,毎日の電話連絡を欠かさず,毎週休暇の度に,原告母宅を訪れて,日ごろ一緒に過ごせない分を取り戻すべく交流を重ねていることがそれぞれ認められる。
以上を踏まえると,原告が原告の母に長女の監護養育を委託したことは,原告の置かれた状況からすればやむを得ないものといえ,原告は最大限の努力をしており,長女の福祉に反する結果も生じていないことからすれば,被告の上記主張は採用できない。

すなわち、本判決は、夫が長女の監護を自身の母親に委ねているのは、調査官調査でのアドバイスや、長女の意向を受けたものであるとし、さらに、長女を夫の母親に預けたのちも、長女との連絡を毎日欠かさずとっていたことも重視し、原告としても最大限の努力をしているものと評価しました。

通常、親権者としての適切性は、当事者自身の監護能力を中心として判断されることからすると、上記判断は特異とも言えます。しかし、本件では妻側の対応(長女への暴言など)にも問題が大きかったことも影響していると思われます。つまり、本判決は、確かに夫自身が面倒を見ることが本来は望ましいと言えるが、かと言って妻に監護を委ねるよりは、夫の母親に頼ることも比較的望ましいと考えたのでしょう。

3.夫の交際相手が子供の面倒を見ていたことについて

次に、妻側は、夫が長女に対して自身の交際相手女性に会わせていたこと、その女性も長女の面倒を見ていたことに対する不適切さを指摘しています。
これに対しては以下のように判断されています。

確かに,本件では,原告と被告との間で,長女及び長男の親権者指定が大きな争点となっており,その結論は定まっていなかったのであるから,長女及び長男がC(注:夫の交際相手女性のこと)を事実上の母親と認識するようになった後に,被告が親権者と指定される結論となれば,長女及び長男の心理的葛藤を招き,子の福祉に反する結果となることから,原告が監護養育にCを関与させたことは,望ましいことではない。
しかしながら,原告が,原告宅で長女を監護養育している状況下で,長女の生活を確保するためには,Cの監護補助も必要であったこと,長女自身に,Cに対する親和性があったことからすれば,原告が監護養育にCを関与させたことは,やむを得ない面があったといえる。

つまり、交際相手に長女の監護に関与させる必要性と許容性があることから、それ自体大きな問題とは言えないとされました。

4.収入の格差は親権者としての適切性に関係しない

なお、本件では、夫側が、妻の収入力のなさをもって、妻の親権者としての不適切さを主張していましたが、そうした主張については、以下の通り却下されています。

①被告(注:妻のこと)は,a株式会社の社員として勤務しており,給与収入が月額約10万円であること,②被告が親権者となれば,児童扶養手当も受給できること,③原告と被告との財産関係,収入格差については,養育費,財産分与において調整されるべきものであることからすれば,原告の上記主張のみをもって,原告が長女及び長男の親権者として不適格であるとはいえない。

以上のうち、一般的には③がもっとも重要です。つまり、収入格差については、財産分与や養育費によって調整できる以上は、さほど問題とならないということです。裁判所における一般的な考え方を本判決でも踏襲しています。

5.子供(長女)の意向

以上のことに加え、本判決は、長女の気持ちを洞察しています。ここに一番重きが置かれています。
まず、長女は、時には母親を求める発言をし、また時には母親を遠ざける発言をしていることから、この矛盾した感情に対する洞察が行われました。

長女の矛盾した感情を分析すると,まず,原告宅での生活を開始した頃から,被告の長女に対する態度が厳しくなり,長女は自殺まで考えるようになっていたところ,長女は別居に伴ってますます不安や寂しさを抱えるようになる中で,被告の厳しい態度を受けて,長女にとって被告との同居生活が大きなストレスになっていたものと認められる。このことは,長女が,被告宅からの家出を繰り返したことからもうかがわれるところであり,幼い長女にとって家出をすることが軽いことではないことは,被告自身が認めているところである。
また,長女は,長女自身が原告と被告との諍いを招き,原告らの家庭を破壊する引き金となったと理解していることから,被告が長女と関わりを持つことで,諍いが再燃することをおそれ,被告を遠ざけようとする意識が働いているものとも解される。長女は,長女なりに覚悟を決めて,原告宅での生活,さらには,原告の母宅での生活を選択し,新たな拠り所を得て,原告及び原告の母の下での生活を安定したものするべく,様々な面で懸命な努力を重ねている最中であると解される。
なお,長女が,被告との同居を改めて拒絶するようになった経緯には,原告の長女への働きかけがあり,原告は,不正確な情報で,長女の選択肢を狭めたと考えられる。しかしながら,長女の意向の背景には,上記のとおり,長女の被告に対するストレスがあったものであるから,原告の働きかけが,長女の意向に与えた影響は限定的であると考えられる。

このように、裁判所は、長女の心理面にかなり踏み込んだ形で、その思考実態を探っています。相当な洞察力が要求されますが、調査官の意見も多分に反映されているものと思われます。
なお、長女の考えについて、父親である夫の影響力についても考察がなされていますが、もともとの長女の母親(妻)に対するストレスの大きさを重視し、父親の影響力は限定的なものと判断されました。

その上で、本判決は、以下のように述べて、長女の現在の意思(父親の元で暮らしていきたい)に従うことが長女の利益に叶うものであるとし、親権者を父親である夫に定めました。

 いずれにしても,現時点で,長女の,原告の下での安定した生活環境を,被告の下での生活環境へと大きく変えることは,長女自身が欲しないものであると解される。
現在10歳である長女は,両親の葛藤や度々の生活本拠の変化を体験せざるを得なかった中で,精神的な成長をしてきたというべきであるから,親権者についての希望も,相応の判断能力に基づいて述べられたものと認めるべきであり,長女の意思は十分に尊重されるべきである。
そして,長女の意思を尊重し,長女の意思に従うことが長女の福祉となり,長女の意思に従わないことは,長女に更なる心理的葛藤をもたらすこととなって,長女の福祉に反する結果となるおそれがある。

本判決は、長女が本葛藤を通じて精神的に成長をし、相応の判断能力があること、そして現在の意思は、それまでの様々な出来事の集積の上にあることを重視し、長女の意思に従う形で親権者を決定しました。

なお、長女の弟である長男については、従前から監護者が妻であることから、妻を親権者と指定しました。

親権者を決定する際、夫と妻の監護能力や監護実績というものがとかく重視されがちですが、本判決では、長女に関しては、最終的に子供自身の意向が重視される形となりました。
本判決は、いわゆる兄弟不分離の原則を維持しなかった判決としても先例としての価値はありますが、10歳児の意思を尊重し、最重視した事例という意味でも、その参照価値は高いものと言えます。


 

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